ラットにおいて毒性が低い4価バナジウム錯体に糖尿病治療効果があるかどうかを検討した。ストレプトゾシンにより高血糖状態としたラットに硫酸バナジルを毎日1回腹腔内投与したところ、投与2日後には血糖値は正常となり、以後投与を続ける限り正常血糖値を持続した。この作用機構を明らかにするために、グルコ-ス負荷試験を行ったところ、バナジウムで糖尿病を治療したラットでは正常ラットと同様の挙動を示し、糖尿病は見掛け上治療されたと判断した。血清中のインスリン濃度は、治療したラットでは糖尿病ラットと同様に低い値を示した。また、ESR(電子スピン共鳴法)や中性子放射化分析法でラット組織中のバナジウムの定量を行ったところ、組織中ではほとんどが4価型であり、かつ全身に広く分布していることを見出した。さらに、ラットの副睾丸近傍の脂肪組織を用いて、放射性グルコ-スの細胞内への取り込みを検討したところ、4価バナジル化合物は、インスリンと同様にもしくはそれ以上に、濃度依存的にグルコ-スの細胞内への取り込みを促進することが観察された。以上の知見を総合すると、バナジウムは4価型で全身の細胞に分布し、インスリンレセプタ-かもしくはグルコ-ストランスポ-タ-に作用してグルコ-スの血液中から細胞内への取り込みを促進すると推定された。 以上の結果を得て、次に経口投与で有効な糖尿病治療薬の開発研究を計画し、多数のバナジル錯体を合成し、血糖正常化作用を検討した。総合的に判断すると、バナジルーシステインメチルエステル錯体が最も有効な実験経口糖尿病治療薬として挙げられた。今後さらに、種々の錯体を合成して、さらに有効な治療薬の開発研究を続けるとともに、より詳細な作用機構の解明を行なう予定である。
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