1.古代ローマ前期帝政期における二重の二元的体制(国政担当者のふたつの官職体系とふたつの『国庫』)の持つ意味を明らかにすることが本研究の主要課題であった。 2.このうち二元的官職体系については、共和政期以来の元老院身分の官職体系に対して、帝政期に入って生まれた騎士身分の官職体系が共和政期には知られていなかった恒常的な財政機構(フィスクス)を中軸として形成されていったという事実を確認したうえで、帝政期の極初期から事実上「公務」と呼んでよい職務に携わっていた「元首のプロクラートル」と総称された騎士身分の国政担当者が法的にも「公職者」とみなされるのは3世紀にはいってからのことであったことを明らかにした。 3.またアエラーリウムとフィスクスというふたつの「国庫」の併存については、共和政期以来の「ローマ国民の国庫」として理解されていたアエラーリウムに対して、帝政期にはいって出現した元首の直接統轄下におかれた「国庫」としてのフィスクスが法的には公と私の二面性を兼え備えた性格をもっていたことを明らかにした。 4.フィスクスのこのような性格は、元首の国家財政に対する統轄権が法理論上「公-私」のいずれとも性格づけることのできないものであったことを示していると同時に、共和政の伝統を「公的なもの」として前提としながらもそこには依拠しなかった元首権力のありようを端的に示すものでもあった。 5.3世紀にはいると唯一の「国庫」としてのフィスクス理解が生まれ、国家財政の二元性という理解は克服されるが、このことは同時に前期帝政期を特色づけた二元的官職体系の克服をも意味した。公職者としての元首のプロクラートルという理解が生まれる所以でもあるが、前期帝政期から後期帝政期への皇帝権の変容過程についてもかかる視点から改めて論じることが可能だと思われる。今後の新たな課題としたい。
|