研究概要 |
本研究は代表的な非ベンゼン系芳香族炭化水素化合物である1,6ーメタノ[10]アヌレンの臭素化物およびトリフラ-ト誘導体から新しい反応性炭素陽イオン中間体である1,6ーメタノ[10]アヌレンー2ーイルカチオンを種々の反応条件下で発生させることを試みると共に,炭素陽イオン中間体の構造と反応性について,実験化学および理論化学の両面から考察を行うことを目的とした基礎的研究である. 1.不飽和炭素原子上に空軌道を有する種々の炭素陽イオン中間体について,半経験的分子軌道法(MNDO,AM1)による理論計算結果とこれまでに得られている実験事実とを比較すると,フェニルエチオンに比べて30kcal/mol以上安定な炭素陽イオン中間体の場合には,相当するトリフラ-ト誘導体のS_N1熱加溶媒分解反応によって炭素陽イオン中間体の発生が可能となることが明かとなった.1,6ーメタノ[10]アヌレンー2ーイルカチオンはフェニルカチオンに比べると34kcal/molだけ安定な炭素陽イオンであり相当するトリフラ-ト誘導体の熱加溶媒分解反応によって発生可能であることが明かとなった. 2.1,6ーメタノ[10]アヌレンー2ーイルカチオンは,陽電荷が局在化した平面構造の1ーナフチルカチオンと異なって,非平面構造をとるために陽電荷が10π電子系に非局在化することにより大きく安定化することが明かとなった.さらに非経験的分子軌道法(6ー31G)計算の結果,エネルギ-最適化平面構造を有するフェニルカチオンのメタ位に大きな共鳴安定化能を有する置換基が存在する場合には,炭素陽イオンは非平面のねじれた6員環構造をとることによって大きく共役安定化し6員環内にアレン結合を有する極限構造式の寄与が極めて大きくなることが明かとなった.これらの興味ある理論計算結果により,これまで理解されていなかったベンゼンジアゾニウムイオンのS_N1脱窒素分解反応におけるメタ位置換基の異常共鳴安定化効果の原因が明かとなった.現在メタ置換フェニルトリフラ-ト誘導体のS_N1熱および光加溶媒分解反応によって理論計算結果の実験的検証を行っている. 以上の結果は物理有機化学九州国際会議(1991年10月,福岡)において発表した.詳細については本年7月トロント(カナダ)における物理有機化学国際会議において発表することを予定している.
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