本研究では、主として超低密度低エネルギ-電子透過法を駆使して、有機分子固体薄膜内のホット電子の有効質量と内部ポテンシャルに関する知見を得ることを目的にしている。 以上の目的達成のため、平成2年度の研究は、(i)低エネルギ-電子透過装置の真空系の改良、(ii)低エネルギ-電子透過法による銅フタロシアニン薄膜中のホット電子の有効質量とその内部ポテンシャルの推定に関する実験を以下の通り行った。 (1)精製された銅フタロシアニンの室温基板への蒸着膜(α型構造)の膜厚をパラメ-タにし、電子透過スペクトルの測定を行った。 (2)銅フタロシアニンのα型蒸着膜を真空中で200℃以上で熱処理することによりβ型の薄膜を得、その電子透過スペクトルの測定を行った。これにより、α型→β型結晶構造転移によるスペクトル構造変化を検出し、α型→β型結晶構造転移によりスペクトル構造が大きく変化することを見いだした。さらに、低温基板上に銅フタロシアニンを蒸着することによりアモルファス膜を作製し、この膜のスペクトルを測定した結果、スペクトル中には上記構造が観測されなかった。これらの測定結果から、銅フタロシアニン結晶薄膜の電子透過スペクトル構造の原因が、電子ー電子非弾性散乱による分子エキシトン生成によるものではなく、薄膜の分子配向・配列を反映したものであることが分かった。 (3)α形結晶構造の配向銅フタロシアニン薄膜(bc面が基板に平行)の電子透過構造のエネルギ-位置を用いて、bc面に垂直方向でのホット電子の運動エネルギ-と波数ベクトルの関係が自由電子的であるという結果を得た。これを用いてホット電子の有効質量と内部ポテンシャルの推定を行ったところ、ホット電子の有効質量は自由電子の静止質量の2.22倍、内部ポテンシャルはー1.33eVと推定された。現在、これらの値の妥当性を実験的に検討する研究を行っている。 (4)(1)ー(3)と並行して、電子透過装置の試料室に液体窒素トラップを新設し、有機分子の繰り返し蒸着による超高真空ポンプや試料室内壁の汚染を低減した。この結果、装置内クリ-ニングに要する時間を大幅に短縮することができた。
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