これまでの研究において、黒鉛を高真空中で電子線加熱法により蒸発させると、下地表面には無定形状態の炭素膜が成長することが知られている。そして、この場合下地温度を800C程度に上昇したとしても、結晶性の炭素膜は得られない。今年度の研究の第一段階として、黒鉛から蒸発してくる炭素蒸気の質量分析を行った。黒鉛の加熱温度により若干の変化は見られるが、全般的に蒸発気体中には炭素原子以外に炭素の2原子クラスタ-及び3原子クラスタ-が多量に含まれていた。これらクラスタ-の構造はかなり複雑であり、σ結合とπ結合の双方が存在している事が知られている。この様な構造が炭素膜の結晶化を妨げている事が予想される。また、炭素原子とこれらクラスタ-の蒸気圧を比べると、後者の蒸気圧が低いと考えられる。そこで第二段階として、蒸気流の通路に加熱板を置くことにより炭素原子のみを下地方向に導く新しい方法を考案した。この方法を用いることにより、蒸気流中の炭素原子密度を97〜99%に増加させることができた。炭素原子密度の大きい蒸気流で蒸着を行うと、容易に結晶性の黒鉛の成長が見られた。また、蒸着中の雰囲気気体として水素を10^<-4>Torr程度導入すると、電子回折的にはダイヤモンドと思われる微粒子の存在が認められた。以上より、炭素原子を生成することには重要な意味がある事がわかった。しかし、この生成を再現性良く行う事は比較的困難な仕事である。そこで、次年度ではこの基礎的な結果の実現を計ること、更に蒸着中の下地温度の低下を試みることにより、下地として利用できる材料の範囲を広げることなどの研究を進める予定である。
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