研究概要 |
本研究では、チャヤ-ノフの農民協同組合論の形成とその展開を追跡することが主たる課題であった。チャヤ-ノフの協同組合への関心は、すでに学生時代に始まるが,研究の出発点は、第一に、イタリア,ベルギ-,フランスなど西欧小農民国の農民協同組合の実態調査であった。第二に、ロシアの地においては、ロシア農民の姿を典型的に示すといわれた北部非黒土地帯の農民経営の家計調査であった。この二群の実態調査の分析が、一方ではチャヤ-ノフに独自な「勤労的家庭的農民経済」の理論を生むと同時に,他方では、これを固有な理論的ベ-スとして、かつ非資本主義的な農業進化の形態として把握される彼の農民協同組合論を形成したのである。チャヤ-ノフの協同組合研究の成果は、ひとまず『農民協同組合の根本思想と組織形態』(1919)に結晶するが、その出版はボリシェヴィキ権力の樹立とほぼ時を同じくした。このことがまた、彼の協同組合にひとつの展開を促す契機となった。すなわち、1920年代、ネップ期に、チャヤ-ノフは、農業協同組合を,ボリシェヴィキが推奨するソフホ-ズ,コルホ-ズと対比して、農業生産の「垂直的集中の形態」(前者は「水平的集中の形態」とよばれた)ととらえる視点を提起した。小農民経営の自由な展開が許されたネップの時代には、チャヤ-ノフ理論は一定の評価を受けることになるが,しかし、20年代末に始まる全面的集団化、社会主義大農場建設の方針とは、相入れることができず、スタ-リン体制の下で徹底的に弾圧されてしまった。しかし、農民の自発性、それにもとずく多様な形態の協同組合の形成、勤労農民の経営的イニシャチブの発揮、これらの思想をふくんだチャヤ-ノフの農民協同組合論は、非資本主義的な経営拡大の方向をめざすものとして、今日、ペレストロイカのソ連の中で,あらためて見直されている。
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