本研究は生体における形の変化を客観的および定量的に評価する方法を検討し、病理学へ応用することを目的としている。フラクタル幾何学を生体の構造に応用するためのコンピュ-タ-画像解析法の確立、および生体のいろいろな構造のフラクタル次元の測定を行った。その結果は次のようにまとめられる。 (1)科学研究費によって購入したマルチ計測ユニット、モニタ-テレビ、顕微鏡照明装置など用いて、顕微鏡の画像を直接コンピュ-タ-で画像処理できるシステムを開発した。 (2)パタ-ンの自己相似性(フラクタル性)を確かめるための画像処理プログラムを作成した。Boxーcounting法(正方形のます目により画像の分布の特徴を調べる方法)およびMassーRadius法(同心円の中の画像の分布を基にして調べる方法)の両者についてプログラムを作成した。 (3)実験動物(ネコ20匹、ウサギ2羽、ラット15匹)の脳血管内に鋳型用樹脂を注入し、その後サリチル酸メチルまたはグリセリンにより組織を透明化して血管の標本を作成した。さらに上記の画像解析により血管分布のフラクタル性を調べた。ネコの脳表の動脈では10ー120ミクロンの観測ケ-ル範囲でフラクタル次元が1.30±0.03であり、140ミクロン以上のスケ-ルでは1.79±0.02であった。ラットではそれぞれ1.18±0.03および1.74±0.02であり、小さいスケ-ル範囲での次元に有意に差が現れた。 (4)ヒト蛍光眼底血管像(13例)について同様にしてフラクタル性を調べた。この血管の分布も測定のスケ-ルによって、2つのフラクタル次元で特徴づけられることが分かった。ヒト網膜の血管は、高血圧や糖尿病性網膜症などによって拡張や蛇行を示すが、これらの変化は小さい方のフラクタル次元に主として反映され、大きい方の次元には余り反映されないことが明らかになった。血管の場合にスケ-ルによって2つの次元が出てくることは、血管の分布が「一様でないフラクタル」になっているためと考えられる。 (5)消化管粘膜の光反射像や神経細胞の樹状突起もまた1桁程度のスケ-ルでフラクタル性を示す。 以上のように、生体のいろいろな形の複雑さがフラクタル次元で表されること、眼底の血管像の変化が次元の値で定量化し得ることが明らかになった。しかし次元を測る方法によってその値に若干の違いが出ること、形の変化がどの様に次元の値に反映するのかなどの基礎的問題が今後の課題として残されている。
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