研究概要 |
ヘルペスウイルス科に属するヒトサイトメガロウイルス(HCMV)は、胎児に先天性巨細胞封入体病を引き起こし、また臓器移植患者やエイズ患者などの易感染性宿主に重篤なサイトメガロウイルス(CMV)感染症を起こす。HCMVの感染様式や病原性に関する研究は、その強い種特異性のため、HCMVを動物に感染させる実験が不可能であることから、動物のCMVをその本来の宿主動物に感染させて行われてきた。我々は、HCMVのモデルとしてマウスCMV(MCMV)を用い、この問題に取り組んだ。 MCMVの弱毒株を得る目的で、Smith株(wild type:wt)より温度感受性株を分離した。その中のts21は、39℃でDNAを合成せず、新生マウスに致死感染を起こす毒力(致死的感染力)が低下していた。ts21とwtを戻し交配したところ、温度感受性を示さないにもかかわらず、致死的感染力が低下している組換え体(rec21w)が得られた。この結果から、ts21には2つの独立の変異、すなわち温度感受性変異(temperature-sensitive mutation:ts)と弱毒変異(attenuation mutation:att)が存在することがわかった。ts21およびrec21wの遺伝子型は次のように推測された:ts21(ts,att)、rec21w(ts^+,att)。 変異株の致死的感染力低下のメカニズムを調べる目的で、変異株と野生株および変異株の間でin vivoにおけるウイルス学的・病理学的特性を比較した。wtとrec21wの遺伝学的な違いはattである。両株の増殖パターンは10種の臓器内においてほとんど同じであった。しかしながら、wt感染マウスの肝臓に見られる臓器傷害、および腹腔内出血はrec21w感染マウスでは軽度であった。すなわち、attはMCMVの増殖には全く影響しないにもかかわらず臓器傷害作用を減弱させる変異である。この結果からMCMVが致死感染を起こすには臓器傷害因子が必要であることがわかった。一方、rec21wとts21の遺伝学的な違いはtsにある。rec21wが感染臓器内でよく増殖したのに対し、ts21はほとんど増殖しなかった。また、ts21の感染による臓器傷害はrec21wによるものよりさらに軽度で、ほとんど認められなかった。これは、ts21が臓器内でほとんど増殖しないことに対応する。すなわち、tsはウイルス増殖に必須の因子に起こった温度感受性変異であり、ts21の弱毒性はマウス臓器内が非許容温度であることに起因することが明らかになった。
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