今回の我々の研究により脳死症例においても僅かながらも脳血流が存在し、脳の特定部位においてはその機能が若干ではあるものの保たれていることが明かとなった。その部位が具体的にはどの部位であるかを同定することが平成4年度の研究テーマであった。神経生理学的・流体力学的・神経内分泌学的あるいは神経病理学的研究の結果、これらの部位は下垂体前葉および視床下部の一部であることが判明した。厚生省脳死判定基準にて脳死と判定され、通常の脳血管撮影でいわゆるnon-filling現象を呈している症例においても視床下部のホルモンは分泌され、また下垂体前葉ホルモンに関しては単に分泌のみならず、負荷試験にも一見正常型に近い反応を示す症例が存在した。経頭蓋骨的ドプラーを施行するとこれら脳死症例のうち約半数に脳血流の存在が確認された。また、心停止後に病理解剖を施行し得た症例では下垂体、視床下部を中心に正常構造を有し、下垂体前葉には成長ホルモンやプロラクチンの分泌顆粒も確認された。すなわち、心停止直前までこれらの部位の神経細胞が生存し、かつ何らかの分泌活動をしていた可能性を示唆していた。もちろん我々の症例は最終的にはいずれも心停止に至っており、今回の結果が脳死の概念と矛盾しているものではないと考えている。これら脳死を向かえても機能していると考えられた細胞は脳全体としては極めて僅かな部分であり、脳全体が壊死に陥る過程の中での現象であると推察された。
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