マウスの雌では、発生初期に2本のX染色体の一方が不活性化し、雄との間に生じたX連鎖遺伝子量を補正する。胚体組織では父親由来のX染色体(X^P)と母親由来のX染色体(X^M)が任意に不活性化するのに対して、胚体外組織ではX^Pが選択的に不活性化される。本研究では、この選択的不活性化に関与する刷り込みを解析することを目的としている。一昨年度、申請者は受精卵間の前核置換により作製した雄核発生胚を用いた実験から、X^Mが胚体外組織で不活性化を免れるようなゲノム刷り込みを受けていることを示した。胚体組織と胚体外組織は、もともと同一起源であることから、最初に選択的な不活性化を引き起こす刷り込み(インプリィンティング)が存在し、胚体組織に分化した細胞では、その刷り込みが消失もしくは無効化された結果、ランダムな不活性化が起こると考えられる。近年、クロマチンを構成するヒストン蛋白質中の特定のアミノ酸残基の修飾がクロマチン高次構造の制御を介したエビジェネティックスの中心的役割を担うことが判りつつある。実際、不活性Xに関しては、ヒストンH3N末端の9番目のリジン残基が高メチル化で低アセチル状態であり、4番目のリジン残基が低メチル化状態であることが判明している。本年度は、マウス着床前雌胚を用いて、不活性化開始に必須の遺伝子Xist RNAドメインに於けるヒストンH3N末端の4番目のリジン残基のメチル化と9番目のリジン残基に於けるアセチル化を解析した。その結果、まだ、Xistは発現しているが、不活性化していない16細胞期から一部の割球で4番目のリジン残基の低メチル化と9番目のリジン残基の低アセチル化が開始している事を見いだした。これらのことから、不活性化開始以前に、X染色体のクロマチン構造は変化を開始している可能性が示唆された。本研究は、フランス、パリにあるキュリー研究所、Edith Heard博士の研究室で行った。
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