本年度は、昨年度に引き続き弦理論におけるAdS/CFT対応について更に理解を深めるような研究をしてきた。AdS/CFT対応は、場の量子論と重力理論の古典論の対応で、具体的にはd+1-次元のAnti-de Sitter(以降AdSと略す)時空を背景にした重力理論とそれより1つ次元の低いd-次元の共形対称性を持つ場の理論(以降CFTと略す)の対応である。AdS/CFT対応を使って、AdS時空を背景にしたブラックホールのエネルギーやエントロピーなどの物理的な量とCFTにおけるそれらの量が対応していることが、ここ数年でわかってきており、注目をあびている。 しかしながら一般相対論におけるブラックホールの質量やエントロピーの一般的な導出方法はいまだ確立されていない。なぜならEinsteinの等価原理によって重力の効果は局所的に消去されてしまうため、重力を含んだ全質量を局所的かつ共変的に定義できないからである。AdS時空のような漸近的に平坦なMinkowski時空がある場合には、無限遠方での質量を計算する方法が主に2つ考えられている。1つは空間無限遠点において計算する方法ともう1つは光的無限遠点において計算する方法である。前者はADM質量と呼ばれ、後者はBondi-Sachs質量と呼ばれる。この2つの質量は別々に計算される量であるが、これらを含んだより一般的な質量の導出方法はKBL (Katz-Bicak-Lynden Bell)の方法と呼ばれ、ネーターの保存流を拡張した方法である。KBLの方法の優れた性質は、質量を共変的に定義でき、漸近的に平坦などんな座標系でも計算できるため、ADM質量もBondi-Sachs質量も再現できる点にある。 私はKBLの方法をEinstein Gauss-Bonnet重力理論に適用することを検討し、実際に系のエネルギーを導出した。Einstein Gauss-Bonnet重力は高次の微分項を含むようにEinstein重力を拡張したような理論である。その微分項は、対応するCFTの物理量に補正を与えるため、本研究はAdS/CFT対応の研究において更なる見解を与えるものと思われる。
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