本年度は、自然保護区周辺に生活する住民の生活実践の変容を、自然生態要因と政治経済要因との連関に焦点を合わせて動態的に分析した。そして、保護の対象となっている野生動物に対する人びとの認識を「距離感」として考察した。 タンザニア・セレンゲティ国立公園に隣接して暮らすイコマの人びとと野生動物の関わり方は、1970年代を境に大きく変化していた。1970年代は、欧米諸国からの自然保護への介入が増大して密猟防止パトロールが強化され、住民が狩猟をしにくくなった時期だった。また、独立後の集住化政策、モロコシからキャッサバへの主食作物の転換、交通手段の近代化などが生じてイコマの生活が激変した時期でもあった。これらの変化によって、1970年代以降は、人間の居住域と動物の生息域が空間的に分離されるようになり、日常的な生業活動で動物と接する機会が減少した。また、動物との関係を育む中心的な場だった狩猟活動が、パトロールを避けるために個人的な活動となり、動物に関連する経験が地域社会で共有されにくくなった。その結果、人びとの野生動物に対する意識は変化し、「われわれの動物」であったものが「彼ら(公園)の動物」と語られるようになった。このような意識の変化は、対象である動物との物質的距離(地理的な距離の変化)、経済的距離(経済的な価値の変化)、社会的距離(人と人との社会関係における親近性)から複合的に形成される心理的距離(人が主観的に感じる心理的な近さ)の変化として考察することができた。 この論文は、2003年12月に京都精華大学で開催された環境社会学会第28回セミナーにおいて発表した(演題「生活における動物との距離:タンザニア・西セレンゲティの自然保護政策にともなう生活実践の変容」)。
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