超弦理論が現実世界に対する予言能力を持つためには、摂動論によらない構成的定義が必要とされている。超弦理論を10次元から4次元にコンパクト化する方法は無限に存在するので、摂動論に依存する限りどれが本当の真空であるのかについて何ら知見を与えないからである。1990年代後半のいわゆる第2期ストリングブームに、large-N reduced modelによる超弦理論の構成的定義の候補が提唱された。その中でももっとも有力な候補のひとつであると考えられているものに、IIB行列模型がある。これは、10次元のN=1 super Yang-Mills理論を0次元に落としたものであり、同時にIIB型超弦理論のSchild actionを行列正則化することでも得られる概念である。 しかしながら、IIB行列模型の定義は平坦な非可換時空に依存しているため、曲がった時空の記述については難点がある。曲がった時空は、一般相対論における重力の記述の上で本質的な性質である。もし、行列模型が重力をも統一しうる『究極の統一理論(TOE=Theory of Everything)』であるならば、曲がった時空がどのように見やすい形で実現できるかは、非常に重要な問題である。 私はこの問題に取り組むために、IIB行列模型にChern-Simons termを付け加えた3次元の行列模型に関する解析を遂行した。これは理論の古典解として、S^2の非可換球面を持つように定義したtoy modelである。このようなtoy modelを考えることは、行列模型と曲がった空間の関係を考える上で興味深い知見を与えるものと考えられる。 この問題について、私はBal、永尾(KEK)、西村(KEK)と共同研究を行い、この3次元の行列模型のbosonicな部分についてMonte-Carlo simulationを遂行した。bosonの部分は、heat-bath algorithmで解析可能であり、数値計算が容易である。この模型の解析については、hep-th/0401038で発表したが、この論文の内容の要約は以下のとおりである。 ●古典解の非可換球面の半径をパラメーターとして変化させるにつれ、この模型が1次相転移を持つことがわかった。半径が臨界点より小さい領域では古典解の非可換球面は不安定であり振る舞いはChern-Simons項のないモデルと同様である。一方、臨界点より大きい領域では、古典解の非可換球面は安定である。 ●古典解の非可換球面が安定である領域では、理論の量子効果はone-lookの寄与が支配的であり、それ以降の高次のloopの寄与はほとんど効かない。 現在、hep-th/0401038の成果を元に、以下の3つの場合に拡張すべく研究を継続している。一つは、ファジーCP^2やS^4球面、S^2×S^2などの高次元の曲がった多様体を古典解にもつbosonicな行列模型の拡張である。もう一つは、超対称性の効果を取り入れるために、fermionを含んだ系をhybrid Monte Carloシミュレーションで解析することである。そして、もう一つはここで得られた知見を基にして、行列模型における低エネルギーのゲージ群の構造について調べることである。特に最後の問題は超弦理論から標準模型のSU(3)×SU(2)×U(1)のゲージ群を出すうえでのヒントを与えるものと思っている。
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