本研究は三部より構成されるが、そのうち14年度は、ヘーゲルの時間概念に着目しつつ、従来の代表的なヘーゲル諸解釈を再検討する第一部と、ヘーゲルの同一性概念に着目しつつ、かれの政治思想が多様性の涵養を志向することを論証する第二部に関して、考察をおこなった。 第一部は、既発表諸論文への加筆と修正が作業の中心となったが、論文間の整合性や国内外の先行諸研究との関連性に関して、なおいっそう記述を充実させたいとの希望を残しつつも、総じて見通しをつけることができた。また第二部は、ヘーゲルの主要諸著作を内在的に分析することが作業の中心となったが、その主たる成果は、下欄の「11.研究発表」に記した査読論文のうちに結実した。 さらに以上の考察を通じて、(1)ヘーゲルの時間概念と同一性概念が不可分な関係にあり、(2)かれが両概念を、古代ギリシアに端を発するソフィスト的思考との対決を通じて獲得しているとの知見を得るに至ったことも、成果の一つに挙げられる。詭弁により他者を手段化するソフィスト的思考との対決が、本研究の主題である「他者との関係性」と重なり合うことに加え、時間と同一性の連関の解明によって、ヘーゲル解釈を再検討する有用な手段と捉えられていた時間概念が、かれの政治思想を理解する際にも有用であると明示できるようになるため、今後この点に関する考察を進め、本研究全体のうちに組み入れる予定である。 なおこの知見を得るに際しては、H・マイアー(ミュンヘン大学)、S・スミス(イェール大学)両教授による示唆も有益であった。両氏との交流を今後も深める所存である。 最後に、翻訳を手がけたことを付記する。当初の計画にはないものの、担当したヘーゲルに関する章は、本研究の第三部の考察をおこなう点で非常に有益であった。
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