生体分子モーターの1つにミオシンVと呼ばれる蛋白質がある。ミオシンVは、ATP加水分解で生じる化学エネルギーを利用してアクチンフィラメント(以下Fアクチン)上を36nmのステップを伴いながら滑り運動する。ミオシンVの動作原理を人工ナノ機械に応用する為には、まず、ミオシンVの駆動部位の動作原理を知る必要がある。本年度、申請者は、遺伝子工学的手法を用いてミオシンVからモーター部位のみを切り出し、そのモーター部位1分子の運動を光ピンセット法を用いて詳細に観察した。 光ピンセット法とは、強力なレーザー光を集光させることで生じる焦点方向の引力を利用して、微小な(〜1ミクロン)物質を非接触で操作する技術である。光ピンセット法による1分子計測は以下の流れで行った。まず、Fアクチンの両端に直径1ミクロンのビーズを付け、そのビーズを光ピンセットで操作しFアクチンを張る。ガラス表面に固定したモーター部位1分子との相互作用によりFアクチンが引っ張られる。それに伴いビーズも引っ張られるので、その動きをナノメートル、ミリ秒の精度で測定する。 驚くべき事にモーター部位のみでも、ミオシンV全長と同様に、Fアクチン上をステップ状で連続的に運動している様子が観測された。モーター部位のステップの大きさは前32、後31ナノメートルであった。これまで、ミオシンVの滑り運動の過程は、ミオシンVがATP加水分解に伴い二つのモーター部位と長いネック部位が構造変化を起こしFアクチンを歩くという、いわゆる「鍵と鍵穴」モデルで説明されてきた。しかし、モーター部位1つで大きな連続的なステップを生成するという実験結果は、ミオシンVの運動が「鍵と鍵穴」式のモデルでは説明できないことを示している。本研究結果は、モーター蛋白質がブラウン運動にバイアスをかけて運動しているという「バイアスブラウン運動」モデルで説明できる。
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