本年度は、ディドロの「怪物・奇形」概念を、自然学及び神学の分野から検討する為、主として1740年代の理神論的、哲学的著作、及び1750年代以降に展開される、所謂科学的著作において、この概念の特徴を探った。 まずこれらの著作に現れる怪物の種類を特定することで、怪物性を指摘される生物は、ディドロの思想の発展の各段階において性質が異なり、背後にある世界形成の理論によって変化していくことが明らかになった。 また思考方法のレヴェルでは、怪物、奇形の例は、旧理論を打ち破る為の反証、新たな理論形成に必要な材料、あるいは、未完成の説に統一性を持たせるための仮定的存在としての機能をもち、様々な可能性を考慮しながら、理論を破壊、再形成してゆくディドロの哲学の方法自体に深くかかわっていることが確認された。 理神論期においては、怪物は幻想の有翼獣であり、生物の内部構造と、外界との関係における合目的性を指摘するための根拠であった。しかし、世界の調和に疑念が投げかけられ、神の計画なしの生物形成論が探られていくにつれ、全体の秩序に反する様相を呈する現象が注目され、生まれつきの盲人の存在を目的論否定の決定的根拠として、唯物論的無神論への移行が行われる。以後、科学哲学の著作で身体的奇形が数多く取り上げられ、これを取り込んで説明できる有機体論、及び世界の統一的な法則が求められていくことになる。 最終的には、全ての「分子」の組み合わせを想定する一元論的唯物論により、奇形的生物も存在の連鎖の中の必然の現象として、矛盾なく自然理論の内に包摂されるようになるが、このことにより、正常な形態と異常な形態の区別、奇形の定義は曖昧になり、奇形、怪物はその特異性を失うに至る。以後道徳関連分野での怪物が重要性を増していくため、自然科学以外の分野での研究の必要性が浮かび上がった。
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