高山寺・東大寺図書館などで、『栂尾明恵上人伝記』の伝本や関連資料の調査を行い、これまでに調査してきた写本と合わせて総合的に伝本研究を行った。 これによって、現存する数多くの『栂尾明恵上人伝記』伝本を系統立て、写本から版本にいたる過程を浮かび上がらせることができた。その結果、写本は大きく二系統に分かれ、寛文五年(1665)から幾度か刊行された版本は、その両系統の本文を合わせ持っていることが明らかになった。そして、この版本化にあたって草稿の役割を果たしたものとして、仁和寺に所蔵される写本の存在をあげ、実際にそれらの本文を検討して、その可能性の高さを指摘することができた。また古い形態を残す写本として、貞治三年(1346)に書写された慶應大学図書館所蔵本の存在をあげた。さらに伝本が、高山寺をはじめ、仁和寺、興福寺、東大寺、高野山、法隆寺、真福寺(大須文庫)など、寺院を中心に残されていることから、初期の明恵伝記が寺院で増補され成長していったことを指摘した。 『明恵上人伝記』の伝本研究は、伝本間の本文異同が非常に煩雑であったため、三十年あまり進展が見られなかった。しかしながら今回の調査及び研究によって、大まかな伝本系統図を完成させ、それぞれの特徴を指摘することができた。その成果は「『明恵上人伝記』の系統と成立」(『国語と国文学』平成15年3月)として、まとめあげた。
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