特別研究員に採用されて一年目である今年度は、研究課題の大きな方向性を定めるべく基礎的調査を行い、また研究全体の骨子となる議論を組み立てることに努めた。そのうちもっとも代表的な成果には、第71回日本音楽学会・東洋音楽学会合同例会(12月7日)のシンポジウム「「国楽」と国楽-概念とその歴史的実相」で発表した論文「「国楽」の理念からみる日本の近代-「雅俗ノ差」の超克と「国民」の創造」がある。そこで示されたのは、明治期の日本で盛んに議論された「国楽national music」の理念が、旧来の封建制度を超克するという明確な政治的目的を伴っていながらも、その現実的基盤に欠いていたことであった。これは当時の日本ではそもそも「国民nation」の根拠が曖昧でしかなかったことを物語る、というのがそこで得られた知見である。 また「国楽」の理念の源流となった「民謡Volkslied」の概念についても研究を進めた。その成果は日本音楽学会国際大会(11月3日)において英語で発表した論文「J.G.Herder's Conception of Volkslied and an Invention of the Universal Taste」に示された。そこでは一八世紀ドイツの社会と政治のなかで「民謡」の美学がどのように登場してきたかを論じ、明治期日本の思想的状況との類似性を確認することができた。また会場でのディスカッションを通じて、この問題の重要性を多くの国の研究者と共有することができた。なおこの論文はすでにフランス語に翻訳されており、カナダの学術雑誌『Horizons philosophiques』の次号に掲載される予定である。
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