本研究の目的は、西洋近代医療の一端を担う看護職をめぐる諸状況の分析から、イスラーム社会における西洋近代医療と宗教の関係性の理解を促すことにある。西洋近代医療においては、診療・看護を目的として、患者身体への直接的介入がおこなわれる。しかし、イスラームが異性身体への関わりを禁止行為とし、人間の排泄物等に触れることを不浄としているがゆえに、イスラーム社会に住む人々は、西洋近代医療を受容しながらも、身体をめぐる様々な倫理的問題に直面せざるを得ない状況におかれている。本研究ではイラン・イスラーム共和国をフィールドとし、患者身体への直接的な接触(ボディ・ケア)を主業務とする看護職に注目する。民族誌的手法による総合的アプローチをとることでイスラーム社会における西洋近代医療と宗教の動態的関係性をとらえようとする。平成14年度の研究実績は以下の通りである。 平成14年5月から6月、平成14年11月から平成15年2月までの計約5ヶ月の間、首都テヘランを中心に次のような現地調査をおこなった。(1)テヘランを含む5つの州で病院・保健ハウス・福祉施設を訪れ、そこで働く看護職に関する情報を収集した。(2)看護職を取り巻く状況を総合的に分析するため、厚生省・福祉局・社会保障局等、関連諸機関において情報収集をおこなった。(3)テヘランの病院と介護施設において、看護助手、入浴介助看護ボランティアとして参与観察をおこない、嫌忌されているボディ・ケアを宗教的善行と解釈しているボランティアや看護職員の活動を集中的に調査した。(4)ボディ・ケアが宗教的善行として評価される理由を理解するため、その背景として存在するイマーム信仰や、来世観・死生観に関する聞きとり調査をおこなった。以上に加え、国内滞在中には、収集したペルシャ語文献を調査・研究すると同時に、現地で得た情報を整理し、小論として発表した(11.研究発表の項目を参照)。
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