今年度は、マンガ同人誌の男性向けジャンル、女性向けジャンルのそれぞれについて、(1)同人誌のなかで何が描かれているか、(2)担い手はどのようなアイデンティティを持っているか、について調査・研究を行った。その結果、以下のことが明らかになった。 まず(1)では、性的な物語に焦点を絞って分析した。男性向けジャンルにおいてはキャラクター(主に女性キャラクター)が性的対象として描かれるものが多かった。他方で、女性向けジャンルにおいては、キャラクター(主に男性キャラクター)を性的対象として描き出す側面もあるが、同時に2人のキャラクターの性的な「関係」を描き出すという側面が強く、このような物語内容は「やおい」と呼ばれる男性どうしの性愛を描く同人誌において、関係を表す専門用語が案出されるなど、特に発達していた。このように、本研究では性的な物語の形式におけるジェンダー差が明らかになった。 また(2)では、同人活動を行う者は男女ともに「おたく」というアイデンティティを持っており、「おたく」集団内でのより高い地位の獲得を求めて同人活動を行っている。「おたく」集団においては固有の文化資本が形成されており、それは「(同人活動への)愛」「(同人誌制作の)技術」「(同人誌市場における)人気」「(マンガについての)知識」などである。このうち、「知識」を文化資本とする傾向は男性のみに見られた。ただし「おたく」はアンビバレントなカテゴリーであり、「おたく」集団内での地位がそれほど高くない多くの当事者においては、男女とも、自らが「おたく」であることを自己卑下し、隠す行動や、隠す行動を規範化する言説が見られた。このように本研究においては、マスメディアで「おたく」が肯定的にとりあげられるようになった現在でも、多くの当事者にとって、「おたく」が否定的なアイデンティティとして生きられている側面が明らかになった。
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