研究概要 |
パラジウムおよびニッケル錯体触媒によるハロアルケン・ハロアレーンと有機マグネシウム試薬のカップリング反応(熊田反応)の機構について,実験的・理論的検討を行った.まず,これらカップリング反応における炭素の速度論的同位体効果(KIE)を核磁気共鳴(NMR)の定量測定を利用して調べたところ,以下の2つの事柄が示唆された.(1)パラジウム触媒反応では,炭素ハロゲン結合の切断の遷移状態においてハロゲンのα位のみならずβ位の炭素も関与する.(2)ニッケル触媒反応では,ニッケルと炭素炭素π結合の錯形成が強固であり,炭素ハロゲン結合の切断はπ錯体から速やかに進行する.(1)はこれまで一般的に受け入れられてきた3中心型の炭素ハロゲン結合切断(酸化的付加)の機構と相反するため,パラジウムの反応経路についてさらに密度汎関数計算により検討を行った.すなわち,PdL_2(L:ホスフィン)とハロゲン化ビニルの反応をマグネシウム剤(CH_3MgClやMgCl_2)の存在下および非存在下で調べた.その結果,Mg^<II>の存在下では炭素ハロゲン結合の切断は従来の3中心型と全く異なる「脱離型」機構で進行することを見出した.すなわち,パラジウム炭素結合の生成とともにハロゲン化物イオンは脱離し,Mg^<II>に捕捉される.CH_3MgClを用いた場合は引き続きメチル基がパラジウム上に転位し,ジオルガノパラジウム(II)錯体を1段階で与える.「脱離型」遷移状態では,パラジウムとβ位の炭素の相互作用が保持されており,KIEの実験結果と定性的に適合する.KIEの計算を行ったところ,実験値と定量的にもよく一致した.以上をまとめると,パラジウム触媒による熊田カップリング反応について新規な反応機構を実験的・理論的に示した.
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