生体触媒を用いたα-置換カルボン酸に対するデラセミ化反応についての研究を行った。デラセミ化反応とは基質化合物の構造を全く変化させることなく、単にラセミ体を光学活性体に変化させる反応のことである、本手法を用いれば、ラセミ体を調製することと光学活性体を調製することとが同等の意味を持つことになり、これまでに報告されている光学活性体調製法(例えば速度論的光学分割)とは全く違った概念を提供することとなる。 検討の結果、放線菌の一種Nocardia diaphanozonaria JCM3208株が2-アリールおよび2-アリールオキシプロパン酸をデラセミ化する酵素活性を有し、増殖菌体反応条件下、高い選択性にて効率よく(R)-体が得られることを見出した。注目すべきは、2-アリールプロパン酸についてこれまでに報告されている酵素的デラセミ化反応とは逆の鏡像体を与える例であること、さらに2-アリールプロパン酸および2-アリールオキシプロパン酸という類似した構造を有する二つのタイプの化合物間において、得られた光学活性体の絶対立体配置が逆転しているということである。また光学活性体、重水素置換体、あるいは酵素阻害剤を用いた検討から本反応が複数の酵素が関与する複合反応機構で進行していることを示すことができた。2-フェニルチオプロパン酸および2-メチル-3-フェニルプロパン酸誘導体からは同様の条件下ではデラセミ化生成物は得られなかった。特に2-メチル-3-フェニルプロパン酸からはα-メチル桂皮酸が得られた。このことから本反応は脂肪酸の代謝経路であるβ-酸化経路との競合反応であることが判明した。そこでこの事実をもとに反応条件を工夫することによって、上記2種の化合物に対してもデラセミ化反応を優先させることに成功した。
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