研究概要 |
1.タイを対象とした調査研究では,以下のことが新たな知見として得られた。 (1)これまで断片的かつ不十分なものしか存在していなかった,タイ米の流通経路を細部にわたって調査し,かなり精度の高いフロー・チャートを作成することに成功した。(2)この流通経路のなかで,近年とくに注目されるのは,産地の籾流通における政府認可の「中央市場」の存在だが,同市場の機能分析を通じて,その米流通近代化において果たすであろう役割を確認し得た。(3)精米流通においては,旧くから存在する精米所と仲買入,卸売業者との衣引関係の事例分析を行い,その低マージンの構造を明らかにした。(4)タイの大手輸出業者は,その取引関係等を通じて精米業者を支配できる立場にあり,卸売価格形成の主導権を有していることを確認した。(5)バンコクのスーパー・マーケットを中心に小袋精米が徐々にシェアを拡大しており,伝統的な坪売りの米小売専門業者が経営の転換を迫られていることを事例的ではあるが明らかにした。(6)農協は米流通のいずれの段階でも力が弱く,強力なテコ入れがないかぎり,タイでは今後とも米流通で支配的な位置につくことはないだろう。(7)タイ政府の米政策の目標は,依然として米価の安定化にあるが,その手段は生産者に対しては籾担保の融資政策,輸出業者に対しては輸出前貸信用が主なものであり,国内外の需給撹乱にはほとんど無力で,それが政治的緊張の背景にもなっている。 2.韓国を対象とした調査研究では,以下のことが新たな知見として得られた。 (1)韓国の米流通経路についてこれまで日本で紹介されてきたものは,不十分で不正確である。今回の調査では流通経路の細部にわたる調査を行い,より精度の高いフロー・チャートを作成した。(2)韓国ではかつて存在していた籾の集荷商人がほとんど影をひそめ,農家が自身で精米所に持ち込む委託精米がかなり一般化している。しかし,農家自体には取引力はなく,事実上,精米業者が取引先を見つけ,価格交渉まで行っている。このルートによる取引先のほとんどは,消費地の卸売業者および仲買人であり,産地の卸売業者を介する場合もある。(3)韓国では以上の商人米流通が支配的であり,米流通における農協のシェアはまだ低い。だが,農協中央会では産地に総合米処理施設を多数設置する計画を進めており,これを政府が財政的に支援している。そのため,この計画が予定どおり進行すれば,現在の零細精米所の多くは駆逐され,これまでの商人米流通が大きく後退する可能性がある。(4)日本で注目されているソウル市良才洞の糧穀卸売市場は、政策先行の強引さが目立ち,取引業者にはあまり歓迎されていない。だが,他に米卸売価格の指標が無いなかでは,同市場で発表される価格は,産地および消費地の価格形成の参考にされている。(5)韓国では1970年代の後半から米生産量の20%前後が政府によって収買されており,しかも年々の収買価格の引き上げによって,今日でも著しい逆ざや米価体系を維持している。そのため,現行の政府米は,産地では商人米を上回る価格実現によって,米価の相対的高値安定に寄与し,消費地では安値の政府米の放出によって,消費者米価の低位安定に寄与している。(6)したがって,同国の米流通の表面だけ見て,間接統制とか部分管理とか言うのは正しくない。問題は,逆ざや米価体系にともなう財政負担にどれだけ耐えられるかだが,この点では米に対する国民世論の動向が大きく左右しよう。また,韓国でも米過剰が表面化してきているが,同国では日本のような減反政策は行わず,良質米への転換,担い手の高齢化等による自然減を予測し,学校給食での米食奨励,米の加工用途の拡大などによって対処している。 3.日本の食糧管理制度は,世界でも類例がなく整備された基本食糧の安定供給システムである。だが,相次ぐ財政負担の削減から価格安定機能が低下し,現在ではむしろ韓国のやり方に学ぶ点が多い。また,タイは日本以上に米の国民生活と農業に占める地位が大きく,同国では米は政治財である。そのため,米の価格安定化をはかることは政権維持にとって必須の課題であり,今後,政府による何らかの直接介入がなされる可能性が高い。
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