研究課題
本研究は、ニュ-ギニア、ヴァヌアツ、ソロモン諸島、フィジ-などのメラネシア諸族を対象とし、産育慣行の比較研究を試みるものである。産育慣行、とりわけ出産と生殖をめぐる慣行は、それぞれの社会が持つ独自の認識体系と世界観と結びついている。さらに性差の表現方法とも関連している。本研究の成果の一つは、生命の創出過程を象徴的世界との関係で調査したことにある。たとえばフィジ-において、性差と出産をめぐる問題が、彼らの主要な食料であるヤム芋の成長過程と隠喩的に等しいものとして語られている。ヤム芋自体が人間と同じように身体を持ち、芽が出ることが、人間の赤子の誕生と比定されている。ニュ-ギニアのナカナイ族では、女の月経血は穢れとされ、忌み嫌われているが、同じようにして男の精液も穢れとされている。これは大きな発見であった。従来、女の隔離を伴う月経血の穢れは、女の社会的地位の低さを表すものと考えられてきたが、男の穢れはさらに広い文脈のなかで、この問題を再考しなければならないことを教えている。各調査者は、それぞれの地域で神話伝承の採集に努めた。神話や語り物の中にこそ、彼らの生命観をめぐる独自の世界観が語られているからである。その分析にはかなりの時間を要するが、基礎的な資料の収集は今後の展望を明るくする。生命の発生過程は生物学的事象にとどまらない。それが人間の認識するプロセスであるかぎり、文化のシステムでもある。こうしてこのテ-マは、人間生活の全体のなかで、つまり社会・文化的な文脈のなかで議論されねばならなくなる。次年度の調査研究は、さらに長期にわたる参与観察を基にして資料を収集し、このテ-マに接近するものとしたい。