研究課題
国際学術研究
本研究は.ニューギニア.ヴァヌアツ.フィジーなどのメラネシア諸族を対象とし.産育慣行の比較研究を試みた平成3年次よりの継続調査である。産育慣行.とりわけ出産と生殖をめぐる慣行は.それぞれの社会が持つ独自の認識体系と世界観とが結びついている。一方.出産に至るまでの過程を見ると.男女関係のあり方が透視されてくる。夫と妻との出産をめぐる関わり方は.性差論に重要な論点を提出している。また.親子関係などの親族関係も複雑に絡んでいる。本研究の意義は.第一に生命の創出過程を象徴的世界との関係で調査したことにある。さらに.性差論や親族論も踏まえ.産育慣行を当該社会の全体社会の中で議論したことにも重要な貢献をしている。以下に各自の成果を要約する。調査者は各自の村落でそれぞれ2〜4ケ月程度の住み込み調査を行った。全員がそれぞれの調査地で村人と面接し.聞き取りをするとともに.儀礼などの参与観察により資料を収集した。成田弘成は.ニューギニア・マヌス島のリンドラウ族で4ケ月の住み込み調査を行い.多くの知見を得た。この社会の親族関係の特徴としては.姉妹の兄弟に対する霊的優越という現象がある。これとの関連で女性の地位の相対的高さが浮かび上がってくる。また.この社会の特別な慣行として未亡人との接触の忌避行為がある。未亡人の両桂的地位の分析を通して.彼らの性差の特徴が抽出されている。山路勝彦の調査したニューギニアのナカナイ族では.植物の発芽.生育の過程が母子関係の隠諭的表現で語られている。生命現象が文化的概念で理解される一方.月経血のみならず精液も穢れているという民俗観念も見いだせる。生殖に対する男女の関わりが.生物学的側面と同時に文化的装置をまとった身体の特徴をとおして表出される事例である。塩田光喜はニューギニア高地のインボング族を対象としている。アンホ・クロと呼ばれる女神信抑から女のイニシエーション儀礼を扱っている。多くの畜積を持つニューギニアのイニシエーション論が主に男子秘密結社加入との関わりで論じられてきたのに対して.一つの貢献をなした。栗田博之は同じニューギニア高地のフアス族を扱った。生殖過程にみる男女の役割を象徴的に問題にし.精液と月経血をめぐる彼らの民俗論理の解釈に新たな光を投じた。フアス族では.月経血を穢れとみるのとは対照的に精液に豊穣性をみている。この例からは.イニシエーション儀礼・同性愛行動など近年のメラネシア・コスモロジーの研究に大きな貢献をなす話題を提供してくれるだろう。吉岡政徳は.ヴァヌアツの北部ラガ島民を問題にした。特にタブー論を題材とし.女の月経血と子供の誕生に照準をあて.性差論を展開する。この社会の特徴は.月経血は男にとってタブーの対象とはなっているが.それは多くのタブーの一種類に過ぎないという観念を持っていることである。こうした視点から女性の社会的地位を再考し.メラネシア社会の女性の地位についての新たな枠組みを構築した。河合利光は.フィジーのバテイキ島の出産めぐる象徴的体系の研究を試みた。そこでは.家庭・村落・宇宙が妊婦の腹に比定され.生命を宿す器とみなされている。この考えを基にして.産育慣行の象徴的意味に大きな光を当てたことにこの調査に意義がある。同時に.ヤムイモの成長過程が身体の生成過程に比定されることから.人体とコスモロジーの文化的相互過程までをも解明した。石井真夫は.同じくフィジーのビチレブ島で調査した。親族・性差・儀礼などの多方面の生活事象から資料を畜積し.女性の豊穣性に関わる民俗観念を照射した。父方親族と母方親族の儀礼的地位づけの分析で.よくこの島の特徴を抽出している。