研究概要 |
動物細胞の細胞膜表面上にはホルモン,神経伝達物質などの細胞外刺激物質(アゴニスト)と結合する種々の受容体が存在し,アゴニストのもたらす情報を認識受容している。受容体にアゴニストが結合するとその情報の多くは,GTP(またはGDP)と結合する制御タンパク質(Gタンパク質)を介して,細胞膜の内側に向いて存在する膜結合性酵素やイオンチャネルなどの効果器系へと伝達され,細胞内に新しい情報伝達物質を生成する。ヒトデ卵母細胞は,第一次減数分裂前期で停止している未成熟卵で,卵を取り囲む濾胞細胞から放出されるホルモン,1-メチルアデニン(1-MA)によって卵成熟を再開する。1-MAが卵母細胞の表層に結合すると,細胞内のmaturation promoting factor(MPF)が活性化されて卵核胞が崩壊するが,百日咳毒素を予め卵に注入しておくと,1-MAによる卵核胞の崩壊現象は阻害されることが報告されている。百日咳毒素は,Gタンパク質をADPリボシル化することで受容体との連関を断ち,情報伝達を阻害することが知られているので,上記の知見はヒトデ卵母細胞の1-MA刺激以下の情報伝達系において,1-MA受容体と共役する百日咳毒素感受性のGタンパク質が関与する可能性を暗示している。このような背景に基づいて,本研究では卵成熟におけるGタンパク質の役割の解明を目的とした。 1.ヒトデ未成熟卵の細胞膜には,百日咳毒素によってADPリボシル化される41-kDaα,37-kDaβ,及び8-kDaγから成る三量体型のGタンパク質が比較的多量に存在し,そのタンパク質を均一にまで精製した。精製されたGタンパク質の諸種の物理特性(グアニンヌクレオチド結合活性やGTP水解活性)は,先に哺乳動物において見い出されたものと極めて類似していた。 2.精製ヒトデGタンパク質のαサブユニットをコードすると考えられるcDNAを単離することに成功し,そのアミノ酸配列を哺乳動物のGタンパク質αサブユニットと比較した結果,G_<i-1>αのファミリーに属することが明かにされた。 3.このGタンパク質は,ヒトデにおいて卵成熟ホルモンとして機能する1-メチルアデニンの受容体と機能的に共役する可能性が以下の知見より示唆された。一般にGタンパク質と共役する受容体は,アゴニストに対して高親和性結合を示すが,Gタンパク質をGTPγSなどのGTP非水解性アナログを用いて活性化すると,αとβγサブユニットに解離して受容体との共役が弱まり,受容体へのアゴニストの結合が低親和性へと移行する現象が観察される。ヒトデ卵母細胞の細胞膜に対する[^3H]標識1-MA結合実験においても,細胞膜をGTPγSで処理すると,結合曲線は低親和性側に移行した。一方,いくつかの細胞においてはアゴニストの存在下でのみ,G_iのαサブユニットがコレラ毒素によってADPリボシル化されることが知られている。ヒトデ卵母細胞の細胞膜においてもコレラ毒素によって1-MA存在下に39kDaのポリペプチドがはじめてADPリボシル化された。哺乳動物のG_<i-1>αC末端に対する抗体を用いて免疫沈降反応を行ったところ,コレラ毒素によってADPリボシル化された39kDaのポリペプチドが特異的に回収された。 4.ヒトデ卵母細胞より精製したGタンパク質のβγサブユニットを卵母細胞に注入したところ,卵核胞の崩壊が観察された。この作用は哺乳動物より精製されたβγサブユニットを注入しても再現された。また,βγサブユニットによって誘起される卵核胞の崩壊現象は,1-MA刺激の場合同様に30-60分程度の潜伏期を有した。 以上の知見から,1-MAがヒトデ卵母細胞の細胞膜表層の受容体に結合すると,百日咳毒素感受性G蛋白質が活性化され,そのβγサブユニットがMPFの活性化に至る情報伝達経路に重要な役割を果たすことが明らかにされた。
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