研究概要 |
配偶体型自家不和合性への関与が示唆されている花柱リボヌクレアーゼについて,タバコ(Nicotiana alata)(ナス科)およびニホンナシ(Pyrus serotina)を用いて研究を行った。N.alata由来の酵素に関しては,リボヌクレアーゼT_2と同じ機能構造を有することを確認すること,それぞれのS-アリールに対応する酵素の基質特異性が和合,不和合の識別に直接関与するかどうかを調べること,そして花柱に存在する第三のリボヌクレアーゼの本体を明らかにすることを目的とした。P.serotina由来の酵素に関しては,配偶体型自家不和合性への花柱リボヌクレアーゼの介在の一般性を検証することを第一の目的とした。さらに,不和合性品種の突然変異により和合性に変換した品種が存在する有利さを生かし,これら野生種と突然変異種の比較検討により,このタイプの自家不和合性の分子機構の解明に向けて着実に研究を進めうるとの考えに立ち,その本格的な研究の基礎となるいくつかの問題の解決をはかることを第二の目的とした。そのため,ニホンナシ(バラ科)にこの酢素が存在するかどうかをまず調べ,同様の酵素が存在する場合には,リボヌクレアーゼとしての構造,性質をN.alataなどナス科由来の酵素と比較することを計画した。 N.alata由来花柱リボヌクレアーゼをモノヨード酵酸で処理すると,リボヌクレアーゼT_2と同じように酵素活性が低下する。この修飾によってヒスチジン残基のイミダゾール基がカルボキシメチル化される。不活性化した酵素のアミノ酸分析において,修飾ヒスチジン残基以外にも,化学量論的ではないが未同定のピークが検出されたので,その本体について現在検討中である。基質特異性については,短鎖の基質を用いて検討した結果,特異性の厳密さとS-アリールとの直接的な関係を示唆するデータは得られなかった。ヘテロザイゴートの品種の花柱には,各S-アリールに対応する2種のリボヌクレアーゼが同定されているが,これらの酵素以外にも,塩基性の弱いリボヌクレアーゼが少量存在することが見いだされた。この第三の酵素の構造を明らかにするため,構造遺伝子のクローニングを行い,_CDNAの塩基配列からアミノ酸配列を推定した。現在,この配列を蛋白質の分析により確認中である。この酵素の発現と花の成熟過程との関係は,自家不和合性現象との関連性を知るうえで重要である。そのため,花柱の微量分析を行うため,一本の花柱を用いてリボヌクレアーゼを分析する方法を新たに開発し,この新しい分析法を用いて検討を進めている。 ニホンナシの自家不和合性品種の花柱(風船状態の花)のホモジネートを調製してリボヌクレアーゼ活性の有無を調べたところ,テストしたすべての品種に酵素活性を検出した。これらの活性は分子量2.5-3万の蛋白質中に見いだされ,分子サイズとしては,既知のN.alata由来花柱リボヌクレアーゼと類似する。同様のテストを自家和合性品種について行ったところ,自家不和合性品種と同じように,リボヌクレアーゼ活性を検出した。これらの結果は,自家不和合性か自家和合性かは花柱リボヌクレアーゼの存否と一義的に関連づけられないことを示している。次にP.serotina由来の酵素のS-アリールとの関係を調べるため,これらの酵素の単離・精製を試みた。しかしニホンナシの花柱ホモジネートは褐変しやすいため,通常の方法では精製が困難であった。褐変を押さえるためホモジネートの調製法に改良を加え,精製操作の時間内の褐変の大幅な抑制に成功した。この改良法を用いることにより,花柱ホモジネートに抽出される酵素活性は大幅に増加し,花柱リボヌクレアーゼが精製できるようになった。実際には,数種の自家不和合性品種の花柱の粗抽出物から,分別沈澱および各種クロマトグラフィーを組合わせた精製法を用い,SDS-PAGE上で単一バンドを与える花柱リボヌクレアーゼを精製した。同じ方法により,自家和合性品種の花柱からリボヌクレアーゼが単離され,精製された。目下,精製できた各リボヌクレアーゼの一次構造解析を蛋白質レベルおよび遺伝子レベルの両方から並行して進めている。
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