研究概要 |
Kashin Beck病(KBD)は中華人民共和国の東北地方およびバイカル湖から西安近郊の農村部にかけてのみ多発する軟骨代謝異常症である。この地方では,本病の患者数が200万人にも達すると言われているが,末だにその病因が解明されていない。代表研究者(鈴木不二男)らは,1974年以来,哺乳類軟骨細胞培養系を駆使して軟骨細胞の増殖と分化および内軟骨性骨化の機構に関する研究に従事してきたが,中国におけるKBD研究のセンターである白求恩医科大学地方病研究所(吉林省長春市)の楊 同書教授(生化学)より新たな観点からKBDの病因を解明するべく協力を依頼された。そこで本共同研究では,同研究所の楊教授のほか,王 凡教授(病理学),候 立中教授(生化学)および顔 群助教授(生化学)にも参加を求めて,代表研究者らの軟骨細胞培養系を利用して,細胞レベルでのKBDモデル系を確立し,KBDの病因解明を目指そうとするものである。 平成3年度においては,まず楊教授ら4名の中国側研究者を大阪大学および広島大学に招き,本共同研究の打ち合わせおよび実験の準備を行った。さらに同年7月には,第9回日本骨代謝学会において楊教授に中国におけるKBD研究の現状について講演を依頼し,日本側の基礎および臨床研究者と広く討論を行う機会を提供した。一方,日本側からは平成3年9月に加藤幸夫教授が,続いて10月には鈴木が,白求恩医科大学地方病研究所および西安医科大学を訪問し,講義およびセミナーを行い,軟骨代謝研究の最近の動向を紹介するとともに,共同実験の打ち合わせ,さらには病院の視察を行った。この訪問で加藤教授は白求恩医科大学から客座教授の称号を,鈴木は,名誉教授の称号を授与された。 平成4年度においては,分担研究者として新たに整形外科領域から藤井克之助教授を迎え,関節疾患に関する臨床面の最新の研究成果についての講演および臨床的立場からKBD患者の実態調査を依頼した。同助教授は平成4年10月から11月にかけて白求恩医科大学および西安医科大学を訪問し,″関節疾患コラーゲンとそのリウマチ関節疾患における自己免疫応答″と題する講演を行った。さらに中国側研究者との討論の結果,KBDにおける軟骨破壊機構と慢性関節リウマチにおける関節軟骨の破壊機構との間に類似点が認められることが確認された。したがってKBDにおいても軟骨で合成されるII型コラーゲンに対する自己免疫応答が起こっている可能性が示唆された。またKBD患者の診察も依頼され,関節および骨端軟骨の病理組織像をめぐってKBDの病因論について討論を行った結果,KBDの病因として栄養障害説が有力となった。西安医科大学においても同様な討論を行ったが,KBDの関節破壊の進行状況の新たなマーカーとして患者血清中のケラタン硫酸含量を測定する方法が浮上した。 一方,中国側からは,顔助教授を3ケ月間,大阪大学および広島大学に招き,KBD病区から採取した患者血清のウサギ肋軟骨細胞培養系に対する影響を検討した。その結果,患者血清を添加すると,あらかじめ^<35>SO_4^<2->で標識したプロテオグリカンが,同年齢の健常者血清に比較して著明に分解することが明らかとなった。次に^<35>SO_4^<2_>の取り込みも患者血清の恭加により減少することが分かった。また^<35>Sで標識したプロテオグリカンをグアニジン塩酸で抽出し,Sepharose CL-2Bカラムにかけると,最初に高分子の軟骨型プロテオグリカンが,次いで低分子の非軟骨型プロテオグリカンが溶出する。ところが,患者血清を加えて培養した軟骨細胞では,コントロール血清を添加した細胞と比較すると,細胞内の軟骨型プロテオグリカンが著明に減少するのに対応して,培養液中への流失がみられた。 従来,患者血清を恭加すると^<35>SO_4^<2_>のプロテオグリカンへの取り込みが低下することが報告されていたのみであったが,正常者血清との差がそれほど顕著ではなかったが,今回の結果は,その差が著明である上に極めて再現性が高かったので大いに注目される。以上の結果,細胞レベルのKBDモデル系が確立されたと言えるので,今後はさらにこの系を用いて研究を進める必要がある。中国では最近,サルを用いたKBDモデルも開発されたと報告されているので,さらに日本側としてもこの共同研究計画を継続してKBDの病因解明に協力するべきであると考える。
|