研究概要 |
本研究は、インフルエンザウイルス膜抗原であるヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)の分子進化にともなう宿主細胞側の受容体シアル酸含有糖鎖認識機構の解析を目的としたものである。本研究では特に、HAおよびNAの分子進化に伴う宿主細胞膜シアロ複合糖鎖認識の変化の機構を分子・遺伝子レベル、3次元的に解明することに焦点を当てた。また、本研究の成果からインフルエンザウイルスの変異に関係しない広域性ワクチン開発への実験的基盤を作るための応用研究も同時に行った。以下に過去3年間に得られた結果を述べる。 1、先ず、全てのインフルエンザウイルス株であるインフルエンザA,BおよびC型ウイルスのヘマグルチニン(C型ウイルスはヘマグルチニン-エステラーゼ)が認識する受容体シアロ糖鎖構造の詳細を初めて明らかにした。これは、我々が天然から得たシアル酸含有糖鎖パネル(70種以上)および化学合成シアロ糖鎖を用いることにより達成された。また、同時に受容体破壊酵素であるNA(A,B型)および9-0-アセチルノイラミネートエステラーゼ(C型ウイルス)が認識する基質特異性についても明らかにした。 2、A型インフルエンザウイルスヘマグルチニンの全ての亜型(H1-H13)の遺伝子における塩基配列およびそれらがコードするアミノ酸配列を初めて解明した。さらに、これらが認識する受容体シアロ糖鎖の構造を調べたところ全てのヘマグルチニン亜型は共通してラクト系IおよびII型糖鎖を強く認識すること、ヘマグルチニンの分子進化による認識の変異はシアル酸の結合様式(2-3,2-6)に現れることを発見した。 3、インフルエンザウイルスNAの新しい拮抗阻害剤(Neu5Ac2-S-3Galβ1-4Glcβ1-Ceramide、チオグリコシド結合を持つガングリオシド)を見いだし、これがウイルスNAのシアル酸結合ポケットに入り、ポケット中の数種のアミノ酸(Asn294,Arg292,Arg371,Arg118,Glu119,Glu276)と水素結合や疎水結合により結合することをX線結晶解析により初めて明らかにした(共同研究者であるPeter Colman博士「CSRIO、オーストラリア」との共同研究で成し遂げた)。いままで、インフルエンザウイルスNAのシアル酸との結合研究は遊離のシアル酸との結合を3次元的に解析しており、本研究により
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初めて複合糖質糖鎖中のシアル酸との結合様式が明らかにされた。 4、多くの動物血清中にインフルエンザウイルスにHAと結合出来、しかもウイルスNAに抵抗性のシアロ糖タンパク質の存在を初めて見いだした。この糖タンパク質はウイルスの感染を阻止する強力な中和活性を持っており、今後有効な抗ウイルス薬としての開発が可能であると思われる。本研究はもう一人の共同研究者Robert G.Webster博士「St.Jude Children's Research Hospital、アメリカ」との共同で成し遂げ、一流国際誌(J.Gen.Virology)への投稿が最近受理された。 5、ヒトインフルエンザB型ウイルスのシアル酸結合様式認識特異性(Neu5Acα2-6結合に特異的)を初めて系統的に解明し(J.Biochem.に発表)、さらに動物(ブタ)インフルエンザAウイルスはヒトインフルエンザウイルスと異なりN-アセチル型シアル酸(Neu5Ac)のみならず、N-グリコリル型シアル酸(Neu5Gc)も認識出来ることを見いだした。ヒト組織中のシアル酸分子種はすべてNeu5Acのみであるが、ブタは組織中にNeu5GcとNeu5Acを持っていることも明らかにした。これによりインフルエンザウイルスは宿主細胞膜上の受容体シアル酸分子種に適合できるような宿主依存性変異をも起こしていることを初めて明らかにした。現在、ウイルスシアル酸分子種認識にかかわるHA遺伝子上の領域を新しい手法により検索中である。 6、今までに分離されたヒトインフルエンザA型ウイルスの分離年にともなうシアル酸結合様式(neu5Ac2-3,Neu5Ac2-6)に対する認識特異性の変化を調べると、1930年代に分離されたH1ヘマグルチニン亜型を持つウイルスはNeu5Ac2-3型であるが、分離年代の経緯にともないNeu5Ac2-6型へと変換されていることを見いだした。特に、1977以降に分離された同じH1ヘマグルチニン亜型を持つウイルスは全てNeu5Ac2-6型へと変換しておりインフルエンザウイルスが約60年間の間に次第に受容体複合糖質糖鎖中のシアル酸-Galにおける結合様式に対する認識がNeu5Ac2-3からNeu5Ac2-6へと変化していることが初めて明かとなった。 7、ヒトインフルエンザAおよびBウイルスの共通の受容体であるシアリルラクト系IおよびII型糖鎖に対するモノクローナル抗体の作製に成功した。さらにこの抗イディオタイプ抗体を産生する数種のハイブリドーマクローンも得た。これにより、ウイルス受容体の抗イディオタイプ抗体によるウイルスの変異に無関係で、どのインフルエンザウイルスにも有効な新世代広域性インフルエンザワクチン開発に関する実験的基盤が得られた。 以上、3年間に渡る本研究から、多くの新知見を得ることが出来、研究の進展が得られた。今後さらにより応用的研究、すなわち、糖鎖生物学的、糖鎖病理学的研究へと発展させたい。 隠す
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