抗がん剤を細胞外に排出するポンプ作用をもつPー糖タンパク質は、特異的な膜スパン多重ドメインを骨格にして、がん細胞膜に構築されている。一般に膜タンパク質の構造は、膜を構成する脂質組成の変化、界面活性剤、あるいはホスホリパ-ゼ等により著しく影響を受け、その機能まで変化する場合が知られている。本研究では、界面活性構造をもつペプチド性抗生物質グラミシジンSの生理活性コンホメ-ションを鋳型として、Pー糖タンパク質の機能構造の破壊による耐性克服の可能性を探る。 今回、グラミシジンS(GS)のオルニチン残基2個を脂肪酸クロリドと反応させ、アシル基CnH_<2n+1>の鎖長がn=0〜17のもの15種類のアシル化GS誘導体の合成を実施した。親水性基がアシル化されるため、分子疎水性が高くなり、溶解性の低下が問題となったが、ゲルロ過精製により純粋な化合物を得た。アシル化GSの抗腫瘍活性をEhrlich腹水がん細胞、P388白血病細胞およびP388/アドリアマイシン耐性株を用いて試験した。その結果、天然型GSが耐性、非耐性を問わず1〜3μMのEC_<50>値を示したのに対し、アシル化GSはn=0〜17のいずれも不活性であった。一方、アシル化GSの脂質膜作用性を、蛍光性カルボキシルフルオレッセイン(CF)を内包したりポリ-ムからのCF漏出能として評価した。その結果、短鎖(n=0ー5)はかなり強いCF漏出を示すものの、n≧6ではほとんど漏出を示さなかった。短鎖のアシン基の場合、ペプチド骨格に水素結合でタ-ン構造をもつのに対して、長鎖の場合はメチレン鎖が伸長した構造をもち、これら構造上の差異が原因と思われた。以上の結果は、長鎖のもの(n26)では伸びたアシル基が脂質膜に捜入され、膜構成成分となっていることを示唆し、Pー糖タンパク質の機能に影響を与えうることが期待された。
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