研究概要 |
脳血管性痴呆の発症機序を解明し、合わせて研究の成果を予防法、治療法の開発に役立てることを目的としてモデル動物を用いて分子生物学的側面を検討した。1)、砂ネズミ前脳虚血モデルを用いて、虚血侵襲が選択的脆弱細胞の遺伝子発現を変化させることを示した。すなわち、砂ネズミ虚血脳からheat shock protein-70(HSP70)、および、heat shock cognate protein-70(HSC70)のcDNAをクローニングした(Sato et al.,1992)。さらに、これを用いて同遺伝子の発現をin situ hybridization法で検討し、砂ネズミ10分間前脳虚血後、選択的に障害される海馬CA1領域では神経細胞死に先立ってHSP70 mRNA、および、HSP70の発現が消失することから、虚血性神経細胞死にHSP70の翻訳、転写両面での障害が関与していることを示した(Kawagoe et al,.1992)。2)、一方でこの遺伝子発現は、非致死的脳虚血後に虚血耐性を発現させることを既に報告しているので、そのメカニズムについて検討した。虚血性神経細胞死は、興奮性アミノ酸であるグルタミン酸によって引き起こされることが知られているが、砂ネズミ前脳虚血モデルを用いmicro dialysis法で検討したところ、虚血中に放出されるグルタミン酸の量は非致死的脳虚血の前処置によって変化しなかった(Nakata et al.,1992)。しかし、HSP70の誘導が虚血耐性の発現に一致して起こるので、HSP70の役割が強く示唆された(Liu et al.,1992)。また、細胞内カルシウムチャンネルと連関したIP3受容体のdownregulationの関与が示唆された(Kato et al.,1992)。一方で、神経栄養因子(NGF)含量の変化は見られず、NGFの関与は証明できなかった(村瀬他,1992)。以上のように、虚血性神経細胞死、および、虚血耐性の発現に虚血後の遺伝子発現が強く関与していることが示された。
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