研究概要 |
本年度2つの実験が遂行された。1つはラットを用いた動物実験で,情動ストレス刺激に対する回避,逃避行動の成立を生活日周リズムとのかかわりで検討するために 24時間長期実験を行った。現在まとめの段階である。他の1つは,人を被験者とする実験で,情動喚起視覚刺激に対する認知と情動との関係を,事象関連電位,心拍などの生理的デ-タと心理的反応と対応させ,かつ正常な環境下と低圧低酸素環境下における結果と比較した。低圧低酸素の効果は,認知機能の低下と情動活動の不安定あるいは高ようをもたらすことが知られており,認知と情動との関係を明らかにするための方法として1つの有効な手段と考えられる。ここでは,その結果の概要をまとめる。この実験で用意された視覚刺激は,正,負,中性の情動価をもつもので,事象関連電位N_1成分(頂点潜時約100ミリ秒)は,負の情動刺激に大きな振幅を示した。少くとも提示された刺激の内容が何であるかの認知がなされる前に来たるべき危険を察知したと思われる。N_1に続くP_1ーN_2ーP_3の各成分については,正常な環境下では特別な変化,差異は認められない。この実験で最も注目すべき結果は,低圧低酸素環境下になるとP_3成分の振幅の減小が起こるが,負の情動刺激に対しては著しい振幅の増加が認められたことである。前者は,認知機能の低下に伴って一般によくみられる現象であるが,後者の例はこれまでに報告されていない。情動刺激に対するP_3振幅の増加は,頭頂,後頭にかれて認められており,このような事実からもP_3の発現には,少なくとも2つ以上のプロセスが関与していることが示唆される。恐らく,認知過程優位のP_3成分が,低圧低酸素環境下で情動過程優位に転換したものと思われる。このような転換は,生物学的サバイバルの意味から極めて合目的であると考えられる。
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