本研究は純粋失読患者の読みの成績を分析対象に、その結果から読みの神経心理学的処理機構を解明することである。平成4年度において視覚失認の部分症状として純粋失読を呈した患者(T.S.、66歳、男性)を対象に視知覚処理能力を検討するための基礎実験開始した。視覚刺激については平成3年研究実績報告に記した一連の視覚刺激の内、漢字の周波数特性に焦点を絞った。各ブロックに6漢字を配置し、以下に示す3つの変数を満たすものを使用した。(1)漢字の画数による複雑性(単純、複雑)、(2)漢字の意味の抽象度(抽象語・具象語)(3)漢字文字の周波数特性(階調画像に平均化フィルター処理を施した刺激で、高周波から低周波まで3段階に分けたもの)。尚、被験者が純粋失読患者であるため視知覚実験にあたり被験者がこれらの刺激をすべて音読出来ることを確認した。実験計画は各ブロックを繰り返し要因とする2×2×3の分散分析モデルを使用した。1セッションを72試行(6×2×2×3=72)とし現在までに7セッションおこなった。刺激提示はAVタキストスコープにより提示し、被験者は提示された漢字の音読をするように要求された。音読のオンセットをボイス・キーで測定し読みに要する反応時間とした。同時に音読の正誤答を記録した。 正答数に関して分散分析を行なった結果、複雑性、抽象性、周波数特性の各変数に各々主効果があり、画数の複雑性と周波数特性間に交互作用がみられた。下位検定の結果、抽象度高い漢字が低い漢字より有意に読みが困難であり、画数は複雑な漢字の方が単純な漢字より読みが困難であることが示された。画数の複雑性と周波数特性の交互作用分析を行なったところ、画数が単純な場合、読みの成績は周波数特性とは独立であるのに対して、画数が複雑な場合、低周波の漢字ほど読みが困難でることが判明した。 反応時間についても上記同様の分散分析を実施した。その結果、交互作用はなく、画数の複雑性、漢字の抽象度、および周波数特性に各々主効果が見られた。下位検定の結果、抽象度が高い方が低い方より読みの所要時間が長く、画数が複雑な方が単純な方より読みの所要時間が長く、低周波の漢字程読みの所要時間が長いことが判明した。 平成4年度後期現在、同刺激を健常者に対して行なっており、その結果をT.S.と比較検討する予定である。さらに同被験者に対して特徴の異なる刺激を使用して実験を継続する準備をしている。また、T.S.以外の純粋失読患者の選定も同時進行している。
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