本研究は、人間関係をうまく結べない自閉的な人達の都市における大量発生という問題を分析することを目的とした。そして、この社会現象の意味を理解するための解き口として、こうした人々に存在証明とか心地よい気分とかコミュナルな人間関係といった心理的商品=情緒財を提供する情緒産業、とりわけ自己啓発セミナーを調査対象とした。 研究代表者は、2年に渡り、IBDをはじめとする複数のセミナーに直接参加し参与観察を行なった。さらに、セミナーの参加者、主催者、トレーナーに対して、聞き取り調査を繰り返し行なった。 この成果は[「アイデンティティ・ゲーム:存在証明の社会学」1992、新評論]にまとめることができた。 けっきょく、自己啓発セミナーが流行する背景には、存在証明に躍起になる現代人の要求があり、セミナーは、巧妙に設計されたプログラムによって、参加者に、ヒーリング(癒し)の機会と方法を提供し、そうした要求をある程度満足させることにひとまず成功しているというのが本調査の結論である。 しかし、自己啓発セミナーの新規顧客は、専ら参加者によるシェアーと呼ばれる勧誘に依存しており、人間関係のネットワークを利益追及のために操作している面が多分にあることもわかった。 とはいえ、あくまでビジネスとして気づきの体験を提供するセミナー産業には、新新宗教のようにカリスマ性を生み出す呪術的な力はなく、したがって一部マスコミが危惧するような社会問題が起きる可能性は少ないと考えられた。
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