今日、九州の各地に残存する座頭の語り物伝承は、その口頭的な語りの構成法(オ-ラル・コンポジション)、古浄瑠璃系とみられるストロフィックな旋律(音域が狭く等時拍的)、および旋律型の接続パタ-ンが法則的であることなど、さまざまな点で中世的な語り物伝承の姿を伝えている。しかし近年伝承者は急速に高齢化しており、おそらく現時点は、座頭の語り物を生きた芸能伝承として調査・研究できる最後の機会といってよい。本研究は、九州の座頭琵琶の録音・映像資料の作成、および作成した資料の分析をとおして、語り物伝承の生成・変容の仕組みを明らかにしようとするものである。 今年度は、座頭の語り物伝承の中でも、とくに九州地方で広い分布をもつ「あぜかけ姫」伝承に焦点をあてて録音・映像資料を作成した。現在、それらを順次コンピュ-タ-入力しながら、資料整理を進めているが、資料整理に並行して、特定の決まり文句や旋律型の現れ方、その法則性の有無、および文句と旋律型との相関関係などを探っている。とくに旋律型については、ビデオ映像を利用しながら、弦の押え、バチさばき等のパタ-ンを分析的に記述し、旋律型のヴァリエ-ションの類別を試みている。それらを通して、「あぜかけ姫」伝承におけるオ-ラル・コンポジションのあり方、とくに複数の伝承者間の共通点および相違点を、言語と音楽構成の両面から分析を進めているところである。複数の伝承者の比較によって、口頭伝承の法則性を抽出することが最大のねらいである。 また、語り物伝承の映像・録音資料の作成に並行して、平成3年11月末には、地元農家の御協力を得て、熊本県の座頭琵琶奏者山鹿良之氏によるカマド祓い、および語り物演唱の最大の機会である夜ごもりが実現した。それらの儀礼の式次第に関する詳細な記録を作成した。
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