九州地方に伝わる座頭琵琶の語り物伝承は、その口頭的な語りの構成法、古浄瑠璃系とみられるストロフィックな旋律(音域が狭く等時拍的)、および旋律型の接続パターンが法則的であること等、さまざまな点で中世的な語り物伝承の姿を伝えている。しかし近年伝承者は急速に高齢化しており、おそらく現時点は、座頭の語り物を生きた芸能伝承として調査・研究できる最後の機会である。本研究では、演唱実態の調査・分析をとおして座頭の語り物伝承の生成・変容の仕組みについて考察した。 九州地方の座頭の語り物伝承のなかでも、段物(長編の語り物)伝承の豊富な肥後の座頭琵琶に焦点をあて、その演唱実態を記録した。また作成した録音・映像資料をもとに、語りの決まり文句(フォーミュラ)、旋律型(メロディタイプ)を析出し、特定の決まり文句や旋律型の現われ方、その法則性の有無、および文句と旋律型との相関関係について考察し、座頭琵琶における語りの生成と変容の仕組みについて考察した。具体的には、(1)「小栗判官」伝承について、山鹿良之氏による全段とおしの演唱録音(七段前後、約五〜六時間)七種類について上記の作業を進め、また(2)「石童丸」伝承については、福岡・熊本・鹿児島三県の四種十数例の演唱例を検討し、福岡県で発見された盲僧琵琶台本「石童丸」との比較をとおして、語りと文字テクストの関係について考察した また、(3)「あぜかけ姫」伝承について、熊本・鹿児島両県の六名の伝承者による十数例の演唱例をもとに、伝承系統、演唱スタイルの相違がどのようにして発生し、それが、語り手の所属流派、活動地域(伝承地域)、語りの場と演唱機会、活動歴等とどのように関わるかについて考察した。なお、研究成果報告書は、「あぜかけ姫」伝承に関する考察を中心に作成した(『埼玉大学紀要・教養学部』1993年3月に掲載)。
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