本年度の研究目的の中心は、明清の人情小説にかかわる通俗的日用類書およびその周辺の占卜・風水・通俗暦法・飲食・遊戯・民間医療などの資料の所在の調査とその収集およびその書誌学的調査にあり、その実施のために国公立図書館や大学付属図書館で調査を行い、写真複製による収集に努め、かなりの成果を得た。この基礎作業の遂行と同時に、一方で収集された資料を利用して、明清小説を当時の人々の日常生活の面から解明する作業を開始した。『金瓶梅詞話』のなかに用いられている各種の春薬や淫具が、明清の通俗的日用類書や医学書に広く見られて、極めて日常的なものであったことが知られた。このことについては、「金瓶梅詞話の春薬」と題してまとめた。(発表誌未定)また明清小説の特異な小説技法として、登場人物の性格や運命をその人間の姓名で暗示する手法があって、『林蘭香』『紅楼夢』等に顕著に見られるが、これについても考察を行なった。わが国の滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』にも、この技法が用いられているが、これは『紅楼夢』の影響ではないかと推測される。これは全く新しい見解といえるものではないだろうか。このことについては、「八犬伝拾零ーとくに紅楼夢からー」と題してまとめた。(発表誌:本「研究実績報告書11.研究発表」参照)このほか、収集資料によって得られた明清の通俗的酒令についての知識から、『紅楼夢』が『金瓶梅』を巧みに利用した証拠の一端を見いだした。本年度は資料の調査・収集および処理により多くの時間を要したが、次年度以降は、これを利用した作業ー明清小説の社会史的・生活文化史的解明に重点を移していくことができるであろう。
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