宋代から新な展開を見せる中国小説は、短編においても長編においても亨受層の拡大を背景にして、小説世界の大衆化が進み、より広範な階層の日常生活上の題材や主題が扱われるようになる。『三言二拍』などの短編小説、『金瓶梅』『醒世姻縁伝』『岐路灯』などの長編小説にその典型を見ることができよう。『紅楼夢』のような大衆の生活とは無縁な上流の世界を扱った作品にも、このことは無関係でないし、『西遊記』のような日常生活からかけ離れた荒唐な世界を扱った作品もまた、このことを無視しては十分に理解をすることができない。だから明清期の小説は、社会史的生活文化史的な視点を欠いては、作品の理解が妨げられる。しかしながら、『金瓶梅』等がその作品の中にどれだけ当時の日常生活の具体的な事実--「生活文化」を内包しているらしく見えて、文化史や風俗史の資料の宝庫のように思われても、その日常生活の具体的な描写が、作品以外の資料なり方法なりで、事実であることが検証されないかぎり、それは印象的な認識にとどまってしまう。「『金瓶梅』には明末の地方都市の大商人の家庭の日常生活が具体的かつ克明に描かれている。だからこの書は文化史・風俗史の資料でもある」というのは危険である。『金瓶梅』に描かれた日常生活の具体的な描写が、当時の事実であるか否かは、『金瓶梅』以外の資料なり方法なりで確認されることが必要である。そのための格好の資料が、明末清初に流行した通俗的な日用類書およびその周辺の資料であると目される。本研究では、従来ほとんど着目されることのなかったこの通俗的な日用類書およびその周辺--占卜・風水・通俗暦法・遊戯・飲食・民間医療の書などを利用して、明清小説の中の日常生活の描写を検討し、事実関係を具体的に調査して小説成立にかかわる意義を明らかにした。
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