1.当該研究課題遂行のために立てた第三群の資料を、テクスト・ゾルテンの見地から、当初予定したものからTrnava市で収集した遺言書に変更し、この資料の選定と解読・転写を行った。後者は現在も続行中である。この資料における分析の重点を書記素組織からシンタックスに移し、「意図」の表出と文体の関係を可能な限り数値化することを試みている。 2.次に本年度において昨年度の研究結果を具体的に公表したので、その概要をごく簡単に述べる。メーレン(モラヴイア)地域で成立した最初期(13世紀)ドイツ語証文の母音初期素組織の分析である。全部で8件であるがそれらを一括して扱わず、個々の文書毎に分析した。その結果書法規範が確立していない時代における書記素異形の出現にいくつかの特徴がみられることを観察した。その一つは数種の異形が存在する場合一文書においてその全てが出現することはない、ということである。一証文という枠内では異形の数は少なく、比較的安定した書法規則が支配している。新高ドイツ語二重母音化について、資料全体としてはei>iとau>uではこの変化の浸透の度合いが大きく異なっているが、個々の文書間の差も大きい。当該資料における根本的な特徴は当然南ドイツ方言であるが、文書によっては極めて特異な母音使用がみられた。当時の書法は書き手によるところが大きいというだけでなく、文書作成者の社会層を視野にいれた考察を行う必要があると考えられる。 初期新高ドイツ語期の特徴としてよく挙げられる、多様な異形による書法の乱れは、資料に基づく実証的な研究が進めば、次の二点で見直しが行われなければならない。1)異形出現の度合いはこの時期の各段階で大きく異なること、2)コミュニケーションの到達距離が大きくなるにつれて異形が増加すること、である。書法規範確立直前の言語状況として注目する必要があると考える。
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