民間伝承(神話伝承・英雄伝説・昔話・絵画モチ-フ等)はギリシア・ロ-マとその他の世界とで共通したものが多いが、にもかかわらず、民間伝承がギリシア・ラテン文学ほどの高みにまで昇華された例は稀有である。 本研究は、古代における民間伝承に着目して三つの研究目的を掲げたが、今年度はまず、民間伝承がどのようにギリシア・ラテン文学に摂取され、どれほどそれを豊かにしたかを明らかにするとともに、詩人たちが素朴な素材を文学化するにあたっていかなる創造的才能を発揮したかを究めることに力を注いだ。 例えば、ヘロドトスの『歴史』には多くの民間伝承が語りこまれてこの書物の大きな魅力になっているが、そればかりではなく、へロドトスは楽しい話を巧みに改変して自己の歴史観を盛り込む器となし、歴史事実とは認められない伝承を記すときでさえ、それが歴史の意味を照らし出すようなし方で記していることが明らかになった。一方、厳密で科学的とさえ言われるトゥキュディデスの『ペロポネソス戦史』にも、民話モチ-フが紛れ込んだのではないかと考えられる箇所が見いだされたが、この考えが正しいとすれば、次年度に調査を予定している、古代の日常生活における民間伝承の実態の問題に一つの資料を提供することになる。 本年はまた初年度であるので、文献の蒐集にはとくに力を注ぎ、購入書リストは同学の研究者たちにも配布して、活用を図るとともに知見の交換にも努めた。
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