走査トンネル顕微鏡(STM)のトンネル電流Iには、雑音パワースペクトルS_Iを使って強度にしてfS_I/I^2〜10^<-5〜-4>の著しく大きな1/f雑音が観察される。空気中でPt-Ir合金探針と金薄膜試料の組み合わせを用いて、適当な周波数帯域内にあるトンネル電流雑音強度の試料面内分布を調べると、表面トポグラフに対応して1/f雑音が特に強く発生する特異点があることが分かった。この結果は、試料表面上に気体分子の熱活性化型脱離吸着が起こり易い箇所が存在し、これにより局所的に仕事関数が変わるためトンネル確率が変動するためであると推定される。この実験結果を受けて、分子吸着脱離のない超高真空中で実験を行うため、新しく装置の立ち上げを行った。STMユニットは超高真空対応とするため新規に作り直し、同時に圧電駆動インチウォームを粗動機構に、積層圧電素子を試料・探針間距離の補助調整機構に採用した結果、制御系も含めた全システムの構成がかなり変更された。このため、Pt-Ir合金探針とグラファイトの組み合わせを用いて、改めてシステムのバックグラウンドノイズの評価も含めて基礎的データを測定しなおした。その結果、通常の固体抵抗素子と同じく、トンネル電流雑音の原因は「トンネル抵抗」の揺らぎに帰せられることが確認され、さらにz-変調法により仕事関数の時間的ゆらぎを直接測定したところ、これも1/f型の周波数スペクトルを示すことが分かった。これらの事実から、上記モデルの正しいことが実証されたが、1/fスペクトルを示す原因が、探針が比較的太いため複数のトンネル経路があって脱離吸着の時定数に分布が生じるためであるとの仮説に対しては未だ明確な解答を得ていない。原子分解能をもった鋭い探針を用い、超高真空下のクリーンな表面について測定を行う必要性は益々強まった。
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