走査トンネル顕微鏡(STM)のトンネル電流Iに観察される著しく大きな1/f雑音の発生機構を調べるために、Pt-Ir合金探針と金薄膜試料および単結晶グラファイト試料の組み合わせについて次の実験を行なった。 1.電流一定のもとで、雑音スペクトル強度はバイアス電圧の増加とともに増大する。この事実より、電流雑音の原因が探針-試料間距離のゆらぎではないことが結論された。 2.z-変調法によりトンネル障壁高φの時間的ゆらぎを直接測定したところ、これも1/f型の周波数スペクトルを示すことが分かった。φの相対的ゆらぎ強度S_φ/φ^2は電流ゆらぎのそれS_I/I^2と定量的に一致し、このことから電流ゆらぎの原因はトンネル障壁高のゆらぎであると結論できた。 3.金試料においては、適当な周波数帯域内にあるトンネル電流雑音強度に試料面内分布があり、トンネル障壁高φの空間分布と正の相関があることがわかった。この事実は、トンネル障壁高のゆらぎの原因が探針側のみにあるとしたのでは説明できない。 4.以上の諸事実は、10^<-9>Torrの超高真空でも同様に観測されることから、雑音の原因が試料表面上での気体分子の脱離吸着による仕事関数の変動によるものでないことが結論される。 5.超高真空中のグラファイトにおいては、原子像観察が可能なほど探針が鋭い場合に限り、2値の間を行き来するランダムテレグラフ型の電流ゆらぎが観測された。この場合の雑音スペクトルは1/fではなく単一緩和型(ローレンツ型)となった。この事実は、探針が鋭くトンネル経路が狭い場合に期待されるものと一致するが、原子分解能をもった鋭い探針でも1/fスペクトルとなる場合も多い。このことは、電流ゆらぎに関しては、トンネル経路からかなり離れた(例えば金属ならばフェルミ波長の数倍程度)表面(試料、探針双方を含む可能性あり)状態の変動も関与し得ることを示唆している。
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