研究概要 |
本研究では、ヘテロ元素系における軌道相互作用機構について,実験と理論の両面から第二周期元素系における軌道相互作用との相違点を明かにし,新しい有機化学概念を構築する。具体的には、ケイ素,ゲルマニウム、スズ,硫黄,セレン,テルルの6元素を中心に、これらの官能基が示す性質を,適当なモデル系を用いて定量的に評価する。本年度はエポキシシランの2分子求核置換反応の位置選択性の異常性について、分子軌道法及びエクステリア電子密度解析による理論研究を中心に研究を進めるかたわら、これらの研究に必要なコンピュ-タ-プログラムを作成した。アルキル置換エポキシドのSn2反応は,置換基のない炭素(Cー1)で選択的に起こるが,エポキシシランでは,置換基の立体障害に拘らず,Cー1で起こることが知られている。これは,有機化学で良く知られている「Sn2反応は立体障害に敏感である」という基礎概念に反する実験事実であり,フロンティア軌道論では説明不可能な現象として有名である。この現象を解明するため、分子表面(van der Waals面)の外部の最低空軌道(LUMO)の波動関数の広がり(エクステリア電子密度;エクステリアとはvan der Waals球によって近似的に分けられる分子の外側を意味する)を高精度の非経験的分子軌道法で計算したところ,この特異な位置選択性の本質が,ケイ素官能基が関与する軌道相互作用にあることが判明した。これは,化学反応の初期過程において,反応物質間の,分子表面からしみだした波動関数の重なりが重要であることを,はじめて裏付けた例である。この研究をすすめる傍ら、世界初の試みとして、エクステリア電子密度を3次元空間分割し、反応の遷移状態と立体選択性との関連を明かにするためのプログラム、および精度の高いスレ-タ-軌道を用いた軌道相互作用を定量的に解析するためのプログラム、の2つの開発をすすめている。
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