光化学反応は温度の制約を受けず、熱反応では合成困難な化合物の合成が可能であるなどいくつかの利点を有するが、過去25年間に報告されている光学活性な増感剤を用いた光化学的不斉誘導反応の光学収率は極めて低く、光化学的不斉増殖は未だ達成されいてない。本研究では、励起状態における不斉認識機構の検討のために新規に合成した一連の芳香族エステルによるオレフィン類・シクロプロパン誘導体の一重項増感光異性化反応において、従来の最高値7%を大きく上回る70%以上の、不斉光増感異性化反応としては極めて高い光学収率を得た。これは、用いた不斉源の20倍以上の不斉増殖に当たる。 興味深いことに立体区別の方向が光照射温度により逆転し、従来の不斉反応の常識に反して高温側では温度の上昇とともに光学収率が向上すると言う極めて特異な現象を見いだした。この特異な現象の原因を究明するために、光学収率の温度依存性を詳細に検討し、本不斉光増感反応の活性化エントロピー差と活性化エンタルピー差を求めた。得られた活性化パラメータから、特異な温度依存性は、これまで不斉反応においてほとんど零であろうと仮定して無視されてきた活性化エントロピー差が実は有限の値を持つためであることが初めて明らかになった。 すべての不斉合成反応において、エントロピー項の寄与が無視できないとすれば、反応温度による生成物の旋光方向の逆転はなにもこの系に特異的な現象ではなく、熱反応も含めて広く不斉化学反応全般に認められても何ら不思議ではない。 このように、本研究では不斉光増感異性化反応のみに止まらず、広く熱的不斉合成をも含めて普遍的に適用可能と考えられる不斉反応における新たな概念と不斉収率向上のための一般則を提出することが出来た。本研究で得られた成果は今後様々な分野に波及すると考えられ、所期の目的以上の成果を得たものと考える。
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