我々は有機スズ化合物の特徴的な反応性に着目し、これらの中で、有機合成反応として有用性の高い新反応の開発を主な目的として本研究を行ってきた。スズー炭素結合はカルボアニオン性やラジカル性を示すがそれらの性質は極めて弱く、種々の官能基と自発的に反応することはないが、活性化の手法、活性化される官能基の種類、官能基とスズ原子との相対的な位置、または反応に直接関与しない補助基の存否およびその種類、などによって反応様式が大きく変わることを見出だし、有用性の高い反応を幾つか開発したきた。従来の成果に加えて平成3年度ではつぎの3つの事実が明らかにされた。 1.従来、炭素ースズ結合をカルボニル基で活性化する際、主としてγ位に存在するカルボニル基を利用する点に焦点をあて種々の知見を得てきたが、本年度δ位に存在するカルボニル基による活性化を検討した結果、新たに炭素骨格の転位および炭素ー炭素結合切断を伴った新しい反応型式が見出だされた。 2.βスタンニルケトンについて置換基の数を増すとアルキル基の1、2転位反応が新たに認められ、この転位は、その転位基の転位能や立体配置によって、従来認3員環生成反応と競争的におこることが分った。これらの系で種々の立体異性体を合成し、その立体化学と反応性の関連を明らかにした。 3.上記の系について、スズの代わりにケイ素を有する化合物を合成し相当する反応を行ったが、ケイ素化合物では当該反応は認められず、炭素ースズ結合の特異な反応性が示された。これを応用して光学活性なケイ素化合物から光学活性βクパレノンを合成した。これにより、本反応の立体化学過程を明確にするとともに、その極めて高い立体特異性を実証した。
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