本研究目的に沿って既に合成した錯体1.5ーdithiacycloocfaneー1ーoxideーbispentaammineーruthenium(II)について、その性質と分子ヒステリシスの機構を研究した。スルフォキシドのイオウ配位と酸素配位の酸化還元電位は+1.06、+0.06Vであった。また、チオ-ル配位では+0.58Vの可逆的な酸化還元電位を示した。これらの挙動をよく調べると中間酸化状態は酸化方向でOSRu^<2+>ーRu^<3+>Sが生成し、還元方向でSORu^<3+>ーRu^<2+>Sが生成する。これは酸化還元に対して生成する化学種が別のものであることを示している。つまり、この化合物は酸化還元に対してヒステリシスを示す。なぜヒステリシス挙動するかまだ完全に解明されたわけではないが、酸化還元に伴う異性化の速度や電子移動の速度と密接に関係していることがわかった。中間酸化状態の熱力学的及び速度論的安定性に関する考察は次年度に行うが、この研究により分子ヒステリシスのメカニズムを理解できるものと考えている。多核錯体において他の研究の系でも分子ヒステリシスが見られており、この概念は種々の分野へ広がりを見せている。本研究により、分子ヒステリシスをもった化合物の記録媒体への利用、特に分子サイズの新しい記憶素子の構築も可能であろう。これが実現されれば、従来のメモリ-に比べて約10^<10>倍もの高密度記録が可能となるであろう。
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