現在まで絹フィブロインのバイオ素材としての利用は縫合系だけである。人工皮膚、人工血管、細胞接着剤などへの絹の利用が遅れているのは、絹と生体との相互作用(生体適合性)およびその力学的性質の解明が十分なされていないためである。そこで本年度は絹フィブロインの分子形態と生体適合性について動物実験を行ない、アレルギー反応を起こさない分子形態はβ型であることを明らかにした。従ってキャスト法によりフィブロイン皮膜を作り、バイオ材料としてこれを利用するときにはβ化が必要である。しかしキャスト膜のβ化はクロスβ化であるため非晶領域での網目の形成が不十分なため強伸度の増加は望めない。 一般に繊維の強度向上は配向、結晶化により達成される。そこで次に行ったのがキャスト膜の延伸である。これによりβ化が進め強度の向上も見られたが、目標とする生体材料の物性値には当低及ばない。これは非晶鎖を多く含むキャスト膜は分子鎖のからみ合いや水素結合が関与する網目を可成含む。これを十分緩和することなく延伸するため、鎖の切断を起し、或る程度までは強度の向上は認められるが、延伸を進めると強伸度は却って低下してしまう。すなわちΛ型絹キャスト膜だけでは、期待するような実用に耐え得る皮膜の形成は困難であることが分った。 そこで次に他の生体適合性ポリマーとの絹複合膜について検討した。採り上げたのはアルギン酸とキトサンである。いずれもブレンドすることにより強伸度の向上が見られ、しかも目標値を超えるような性質を示す皮膚も得られた。このことは絹フィブロインと異種ポリマーとのブレンドにより新しいバイオ素材の開発が可能であることを示唆するものである。
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