現在のところ絹フィブロインを医療的に利用しているのは縫合糸だけである。特に絹を人工皮膚、人工骨、細胞接着剤などバイオ素材としての利用が遅れているのは、その物理的性質の欠如にある。また、絹をバイオ素材として利用する際、生体適合性のよい分子形態はβ型であるが、絹の分子形態とその物理的性質との関係は、未だ明らかにされていない。ところでこれまでの実験によると、絹の皮膚および成形品だけでは実用可能な物理的性質を有する試料を得ることは出来なかった。それはβ構造の増加により物理的性質が低下してしまうからである。そこで人工皮膚として使用可能な皮膜の作製に当たっては、他の天然高分子とのブレンドより、その物理的性質の改善を狙った。特にキトサンとの複合膜は両ポリマーの相溶性が極めてよいため、網目構造が形成され力学的にも相乗効果を示した。絹人工骨の作成に当たっては、まず酸で劣化させ摩砕した絹粉末が最も適していることを確認したのち、1000Kg/cm^2、150℃、10分の条件下で成形した。絹だけでは、強度、耐水性に欠けるので、グリシジルメタクリレート(GMA)とのブレンドにより、機械的性質の向上を計った結果、十分実用可能な成形品を得ることが出来た。得られた成形品をラットの背部に埋植し、その形態変化を観察したところ3ケ月後も変化は認められず、軟骨の代替品として充分その役割を果たすことが明らかになった。人工皮膚及び人工骨とも生体適合性試験を行ったが、特に異状は認められなかった。
|