研究概要 |
本研究は、低温状態におけるX線回折精密測定によって、結合電子・非共有電子対などの電子密度分布を実験的に求め、硫黄化合物における「原子価拡張性の結合」の本質を解明することを目的とするもので、平成3〜5年度の3年間継続して行われた。 1.十数個に及ぶ各種有機硫黄化合物及びその関連化合物のX線結晶構造解析を行い、原子価拡張性の程度、反応性や機能性との関連を検討した。 2.結晶の安定性がよく典型的な原子価拡張性を示す2種類のテトラアザチアペンタレン誘導体について低温精密実験を行なった。液体窒素吹き付け型試料低温装置は平成3年度に導入・調整したものを用いた。多極子展開法によって解析し電子密度分布を求めた。さらに詳細な検討から、多極子展開法と原子座標、温度因子の精密化の相関についての問題点を明らかにした。その結果、原子価拡張性を示すS-N結合の結合電子はN原子近傍にあり、S原子は正電荷を持つ傾向にあることなど結合の分極的性質が明らかとなった。非常に僅かの差を問題にする困難な実験・解析であったが、所期の目的を達することができた。 3.有機硫黄化合物には、分子内に近い接触距離を示すものが多く、異常原子価との関連が注目されている。このような例として、4,5-ビス-フェニルチオジベンゾチオフェンについても低温精密測定実験を行ない、多極子展開法を用いた精密化により電子密度分布を検討した。その結果、チオフェン環やスルフィドのS原子の電子密度に関して、原子価拡張性結合とは異なる傾向が得られた。また、チオフェン環に垂直に孤立電子対の電子の存在が見られ、sp^2混成でないことが示され新たな問題を提起した。これに関して、さらにいろいろな類似化合物について電子密度分布の研究が必要である。
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