本年度の私の研究は、ニコラウス・クザ-ヌスの初期思想における自然哲学の研究を目的とした。先ず、彼の最初期の著作であるDe concordantia catholicaという教会政治思想を論じたとされる本の読解から始めたが、この著作の理解を深めるなかで、中世初期以来伝統的な「神の被造物たる世界に内存するHierarchia(階層的秩序)」の思想が、ここに鮮明に貫かれていることが明らかになった。これは、単に自然的世界の秩序だけではなく、人間存在にも、人間個人にも貫かれているものとして構想されている。もし、これが前者だけに限定されるならば、近代的自然科学の秩序・法則観となることは見やすいところであるが、クザ-ヌスにおいては、中世後期に飛躍的に発展しつつあった自然学の成果を前提にしつつも、しかしそれが中世神学の意味での「宇宙」における秩序として考えられているところに特徴があることが明確となった。 もう一つの新たな知見は、14世紀に哲学において力をもった唯名論Nominalismが自然観の変化に重要な役割を果たしたという、Fritz Hoffmannの指摘である。これを前提にする時、クザ-ヌス自身が唯名論とどのような関係を有していたかという、新たな研究課題が浮上した。その結果、唯名論が神秘主義と密接な関係を有するという一見奇異な関係の一典型として、クザ-ヌスもまたその一員となっていることが明らかになった。 以上のような大まかな経緯の中で、私の研究は、必ずしも当初の計画通りに進んでいるとは言えないが、しかし、着実に新たな知見を獲得しているという実感があることは事実である。来年度以降は、いっそう精進して、研究の速やかな進捗を図りたい。
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